『慶安太平記〜箱根の惨劇』あらすじ
（けいあんたいへいき〜はこねのさんげき）
【解説】
連続物『慶安太平記』の中ほどに当たり『宇津谷峠』の部分の続き、芝・増上寺の僧侶の伝達が主人公になる。落語では立川談志がたまに演じていた。寺の使いで2000両という金を京の知恩院に届けた伝達。江戸への帰り道、三島の宿で３人の商人体の男と出会い、なにやら話している。その様子を見ていたのが、牛込・榎町で張孔堂という道場を開く由井正雪とその門弟の宇野九郎右衛門。この商人体の男はゴマの灰ではないかと疑う。伝達が出立し箱根の山中に差し掛かると、やはりさきほどの３人の男はゴマの灰であった。伝達に向かって金を出すよう要求する…。
【あらすじ】
芝・増上寺の僧、伝達（でんたつ）は寺の使いで2000両という金を京の総本山・知恩院まで届けることになる。その道中、甚兵衛という男と出会い、しばらく同道する。実はこの甚兵衛が大盗賊であり、宇津谷峠で紀州様のお金飛脚を襲い3000両という金を強奪する。さらに捕り手から逃れるため、甚兵衛は三河の吉田宿に火を放つ。伝達は200両の金をもらって甚兵衛と別れる。伝達は無事、2000両の金を知恩院に納め、京の都を4〜5日間見物し、江戸への帰途につく。
三島まで来て、明神前の蔦屋という茶屋に入る。まずは名物であるアジを５人前、飯も５人前、汁物も５杯、酒は５合、それに刺身とバクバク食べる。ここにいたのが由井民部輔正雪（ゆいみんぶのすけしょうせつ）で、門弟である宇野九郎右衛門とともに僧侶であるのに、酒を飲み生臭ものを食べる伝達の様子を見て驚く。ここにまた商人の身装をした３人の男がいる。そのうちの一人が伝達に話しかける。途中伝達に追い越され、付いてきたが恐ろしく足が速いのに驚いた、一日でどのくらいの距離を歩けるのかと尋ねる。伝達は江戸から駿府（現在の静岡市中心部）まで約48里を歩けると返答する。また商人体の男たちのひとりが尋ねる。「ご出家様、相当な金子をお持ちのようですが、いったいいくらお持ちでですか。私たちは賭けをしているんです。私は200両、こいつは150両、こいつは250両」。伝達は「200両だ」と答える。正雪も宇野九郎右衛門もこの者たちはゴマの灰に違いない、この先箱根の山中で伝達から金を奪うつもりであるのだろうと思う。
すっかり酔った伝達は茶屋を出立する。正雪と宇野九郎右衛門も追うが、足の速い伝達に２人は追いつけない。箱根の山中で、伝達は松の枝に尻で押さえつけ、ここで一服タバコを吸う。すると先ほどの商人体の３人の男が現れた。「ご出家様ではございませんか」。ひとりが伝達の正面に、２人が伝達の左右に立つ。「俺たちはゴマの灰だ。早く金を出せ」、伝達は金を出すと見せかけて立ち上がる。曲がっていた尻の下の松がピュッと飛び上がる。脇にいた２人にその枝が当たり、はね飛ばされる。３人は刀を抜く。怪力の持ち主である伝達は男のうちのひとりの襟首を掴み、地面へと押し付ける。さらにもう２人も上に積み上げ、３人重ねて上からブスブスと刀を刺す。３人の懐を探すと、38両2分という金があった。伝達はこの金を奪い、３人の死骸を崖の上から蹴飛ばして谷に突き落とす。この様子を隠れてみていたのが、正雪と宇野九郎右衛門である。僧侶とは思えぬ大胆さに感心する。
その夜、伝達は大磯・中宿の鈴木屋忠兵衛方の旅籠に泊まる。湯から出ると、部屋の膳に、酒、刺身、魚肉、汁物など5人分が取り揃えてある。女中に尋ねると隣部屋の侍のお客様が用意させたという。坊主がこのような者を食べられるか、隣の部屋の侍を呼びつける。その侍は正雪と宇野九郎右衛門であった。伝達は言う。仏に仕える坊主には「五戒」というものがある。不殺生戒、不偸盗戒（ふちゅうとうかい）、不邪淫戒、不妄語戒、それに不飲酒戒（ふおんじゅかい）、これらを守らなければならないのは当然のことだ。そこで正雪は三島の宿で伝達と居合わせた３人の商人体の男について話す。あの者たちはゴマの灰で、伝達は彼らを束にして殺して金を奪っている。これは五戒に反しているではないか。伝達は驚き、確かに殺生をして金を盗んだと認める。正雪は、自分は牛込・榎町に張孔堂（ちょうこうどう）という道場を開いている者であり、伝達も還俗すれば存分に活躍できる、もしその気があったら我が道場に来てもらいたいと勧める。
江戸に戻り、伝達は張孔堂を訪ね、正雪の幕府転覆の企てを知らされる。どうせ生きるのなら、細く長くより太く短く生きたい。伝達は正雪の門下に加わり、還俗して名を吉田初右衛門と変える。幕府転覆の計画が実行された際には、大坂方の大将分の一人として活躍するのであった。