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講談連続物『村井長庵』あらすじ

(むらいちょうあん)



【お小夜身売り】
 駿州江尻の生まれの村井長庵は百姓の仕事を嫌って江戸へ出て医者の看板を揚げる。もとより医術の学は無く、ゆすり・たかりと悪事を繰り返しながら日々を送っている。長庵には郷里に妹の「お登勢(とせ)」とその婿である重兵衛がおり、百姓をしている。ある日、重兵衛とその娘であるお小夜(さよ)が江戸の長庵の元を訪れる。不作続きで一家は生活に窮し、健気なお小夜は自分の身を吉原に売って金を拵えたいという。長庵はお小夜を松葉屋という吉原の大店に60両で売りつける。

【重兵衛殺し】
 麹町平河町に住む浪人、藤掛道十郎は下痢の病で苦しんでいる。ある日医者もどきをしている村井長庵の元に通うが、帰る際に番傘を忘れてしまう。次の日の朝早く、長庵宅に泊まっていた義弟の重兵衛は、娘のお小夜を売って拵えて作った60両を持って郷里へと帰る。長庵は重兵衛の後をそっと追い、三田の札ヶ辻で彼を斬りつけその金を奪う。死骸の脇には罪を擦り付けるため、わざと道十郎が忘れていった番傘を残しておく。この番傘が証拠になって道十郎は捕らえられ、伝馬町の牢屋へと入れられる。長庵は重兵衛のもう一人の娘、お梅を行儀見習いの奉公だと騙して連れ出し、吉原に40両で売ってしまう。

【お登勢殺し(雨夜の裏田圃)】
 故郷の駿河から、妹「お登勢」が江戸の長庵の元を訪ねて来る。お小夜とお梅の2人の娘のことを案じてきたのだ。お登勢は長庵の家の二階に滞在し、娘に会いたいとしつこく言う。長庵にはこんな「お登勢」がうっとうしくてたまらない。弟分である三次にこの妹を10両の金で殺害して貰いたいと依頼する。
 夜、三次は松葉屋の若い衆になりすまし、お小夜に会いに行きましょうと言ってお登勢を誘い出す。雨の降る吉原裏田圃で、三次はお登勢を出刃包丁で刺し殺す。三次は10両を受け取ろうと長庵の元を訪ねるが、貰えたのはたった1分であった。怒った三次は長庵の家を飛び出す。
 三次は浅草・馬道の自分の長屋に戻る。それ以後毎夜「お登勢」の亡霊が現れ、三次は発狂していく。

【久八の生い立ち】
 ここから話はガラリと変わる。京都に住む料理人、藤右衛門夫妻に男の子が産まれるが、間もなく妻は亡くなる。とても一人では赤ん坊は育てられない、江戸の親類を頼ろうとを京を離れ、東海道を東へと進む。駿州の岩淵まで来てどうにも赤ん坊の世話が出来なくなり、地蔵堂に捨てて去ってしまった。土地の者が捨てられた赤ん坊を見つけて代官所に届ける。村には久右衛門という者がいるが夫婦の間には子供がなく、この赤ん坊を譲り受けることになる。子供には久八と名付け、スクスクと育つ。
 久八は12歳になった。読み書き算盤の好きな子で、百姓より商人にした方がこの子のためになるだろうと養父の久右衛門は考える。久八は江戸でも指折りの質両替商、神田・三河町の伊勢屋五兵衛の家に奉公することになった。この店は「乞食伊勢屋」と言われるほどのケチンボで人使いも荒い。そんな中、久八は18年間よく耐えて奉公を続け、今では伊勢屋の右腕、立派な番頭になる。

【小夜衣・千太郎馴れ初め】
 伊勢屋五兵衛は千太郎という養子を迎える。五兵衛は千太郎を柳橋で開かれる寄合に一人で行かせる。千太郎がこういう場に参席するのは初めてで、少し酒を飲んだだけで酔ってしまう。寄合に参席していた二人の札付きは、この席では浅草へ参詣に行くのが慣わしだと偽って千太郎を船に乗せて、吉原へ連れ出す。途中「ここは吉原だ」と気づいた千太郎は、泣きべそをかく始末。江戸町二丁目の松葉屋で、千太郎の相手をしたのは当時評判の小夜衣(さよぎぬ)という花魁であった。実は彼女こそ村井長庵の姪である。一夜を共に過ごし、千太郎はこの小夜衣にぞっこん惚れ込んでしまう。神田・三河町に帰った千太郎だが小夜衣のことが忘れられず、これから吉原・松葉屋へと通い詰める。

【長庵の騙り】
 吉原・松葉屋の小夜衣に惚れこんだ千太郎は、養父の五兵衛の目を盗んでは廓通いを繰り返す。そんな千太郎を長庵は50両あれば小夜衣を身請けできるとそそのかす。千太郎は養父の寝ている元から、箪笥のひきだしの中にある50両の金を持ち出す。すっかり信じ込んでしまった千太郎はこの金を長庵に渡し、証文も受取ろうとしない。その後、半月経っても何の連絡もなく、千太郎は平河町の長庵の家へ赴く。「50両の金など受け取っていない。さっさと帰りやがれ」と長庵は返答する。初めて騙されてと気付いた千太郎。しかし証文が無くてはどうしようもない。長庵から雪駄を額に叩きつけられ、血を流しながら千太郎は三河町の家へ戻る。

【久八の放逐】
 すっかり信じ切っていた長庵に、実は騙されていたと分かった千太郎。抽斗から短刀を取り出し「長庵を殺して自分も死ぬ」と言うが、そこに番頭の久八が現われ千太郎を引き留める。千太郎はすべてを久八に打ち明けた。久八は店の金から50両を造り、その金を五兵衛の部屋のひきだしへとそっと返しておく。間もなくして五兵衛が店の帳面を調べるとちょうど50両足りないことに気付く。これがため、久八は18年間勤めた伊勢屋の店を追放されることになる。

【久八の告白】
 伊勢屋の番頭、久八は主人の五兵衛の養子である千太郎の罪を被り、店を追い出される。久八は叔父の六右衛門の元に厄介になり、浅草紙の仕入れの仕事をする。伊勢屋には弁済金として月に1両ずつ返すことになっている。
 ある時、六右衛門宅の久八を訪ねて来たのが千太郎である。身代わりになった久八に申し訳ないと何度も深く謝罪をし、月々の返済分のうち3両を手渡す。さらに、もう廓通いはやめて真っ当な人間になる、伊勢屋の家を相続した際には、身代を自分と久八とで半分ずつ分けるとの証文を手渡す。すっかり改心したと言う千太郎に、久八は涙を流して喜ぶ。千太郎は家を出る。
 そこへ六右衛門が帰ってくる。六右衛門は将棋に負けてムシャクシャしている。久八が伊勢屋から金を掠め取ったと信じており、女にでも現(うつつ)を抜かしていたのだろうと当たり散らす。ここで久八は本当のこと一部始終を話し、六右衛門はお店のために罪を被ったその忠義深さに涙を流して感動する。

【千太郎の急死】
 相変わらず、久八は叔父の六右衛門の家に厄介になり浅草紙の仕入れの仕事をしている。ある日の真夜中の事、久八が吉原土手を通りかかると頭巾をかぶった男をみかけるが、これが千太郎に良く似ている。そっと跡を追うと、茶屋で頭巾を取った男はまさに千太郎であった。「あれほど固く約束したのに」と嘆く久八。これは意見をしなければならないと、久八は大門で千太郎が現れるのをじっと待つ。遊び終えた専太郎は3人の職人体の男を連れ立って歩いている。「若旦那!」。いきなり久八は駆け寄って、千太郎の身体をギュッと掴んで激しく揺する。みるみるうちに千太郎の顔は土色になりドッと倒れ込んでしまう。千太郎は死んでしまった。元々身体が弱かった千太郎は、突然久八が目の前に現れたのに驚いて、今でいう心臓発作で死んでしまったのだ。周りのものたちは「人殺しだ」と騒ぐ。久八もこれは自分が殺したものだと思い込んでしまい、奉行所へと自訴する。

【瀬戸物屋忠兵衛(上)】
 忠兵衛は瀬戸物を売って歩く小商(こあきうど)で信心深い男である。ある日天神様の境内を掃除していると、向こうの方に村井長庵らしき姿を見かける。町内に居ついているムクイヌがやたらと吠え付き、長庵は刀でもって犬を斬り殺す。「とんだ所で2度目の殺生だ」。こう言い残して長庵はその場を去る。一部始終を見ていた忠兵衛は「2度目」という言葉が気になる。また次の日、忠兵衛は銭湯で長庵と遭遇し昨日の話をするが、「余計なことに関わらない方が身のためだぞ」と言いながら恐ろしい形相をしたことが心に引っかかる。
 忠兵衛は家への帰るその途中、隣の住人で吉良家の浪人である藤掛道十郎が役人に縄を掛けられ連れて行かれる姿を見る。家へ戻り女房に聞くと、三田の札ヶ辻で男を殺害し60両を奪った件で捕らえられた、現場には「藤掛」の名が入った傘が落ちており、これが証拠になったと言う。しかし病身である藤掛の旦那が、短い間にそんな離れた場所まで行けるはずはない。先ほどの長庵の様子が気になっていた忠兵衛。これはすべて長庵の仕業だと気づく。しかしこの件を申し出れば自身が面倒なことになり兼ねない。忠兵衛はそのまま口をつぐむ。無実の罪で捕らえられた道十郎は、牢の中で失意のうちに獄死する。

【瀬戸物屋忠兵衛(下)】
 それから8年経った。忠兵衛は赤坂の居酒屋で機嫌よく酒を飲んだ後、店先で柿を売っていた藤掛道十郎の女房、おみつと偶然に出会う。お縄に掛かった道十郎に先立たれて、今はその後に生まれた道之助という倅と二人で暮していると言う。酒に酔っていた忠兵衛は道十郎は寝れ衣ではないか、下手人は他にいるのではないかと口を滑らせてしまう。この言葉をおみつは聞き逃さなかった。おみつは忠兵衛を家に招き入れ、酒やご馳走をふるまう。気の大きくなった忠兵衛は、8年前に天神様で見かけた長庵のこと、さらに銭湯での出来事を打ち明ける。おみつは真の下手人は長庵であると確信する。

【大団円】
 おみつの住む長屋の家主・長左衛門の提案で、大岡越前が南奉行所を出てきた所で駕籠訴をする。越前はおみつの差し出す願書を受け取り屋敷へ戻る。願書には村井長庵の名がある。この名に覚えのある越前はさっそく調べ始める。神田の質屋、伊勢屋の元番頭で久八という者がおり、この男が店の若旦那である千太郎を絞め殺した件で自訴したことがあった。千太郎が残した書付には村井長庵という男に店の金50両をだまし取られたとのことが書いてあった。この件で越前は長庵に目を付けていた。
 長庵は奉行所に呼び出される。越前は8年前の重兵衛殺しの件について取り調べる。調べると不審な点がある。藤掛道十郎が60両を盗んだというがその金は見つかっていない。妻のおみつもそれから細々と暮らしており金を隠し持っているとは思えない。しかし、長庵が犯人だという証拠は出てこない。
 再度の取り調べで長庵と共におみつと瀬戸物屋の忠兵衛が呼び出される。忠兵衛は平河町の天神様でずぶぬれ姿の長庵が野良犬を斬り殺し「これが二度目の殺生だ」と言っていたことを証言する。長庵は殺害があった当夜は風邪で寝込んでいたと話す。「実は忠兵衛はおみつに惚れており、彼女に言い寄った際に私、長庵が間に入って制止したことがあった。忠兵衛は私に遺恨があり、私に罪を着せるためにそんな偽りの話をするのだ」。こんな話を長庵はでっちあげる。この日のお取り調べは終わる。
 長庵が白状しないので、越前は彼の身内を調べると吉原・松葉屋にお小夜、お梅という姪がいることが分かる。彼女らが身を売った時の金が故郷に渡っていないと分かる。また彼女らの母親で長庵の妹である「お登勢」が故郷の駿州から江戸に向かったまま行方不明になっていることも分かる。お梅が身売りされた際の証文を見ると、馬道の三次という判がある。この者は何か事情を知っているかもしれない。越前は三次の元に同心を送る。
 馬道の三次という男の家を訪ねて中に入ると、気の狂った三次は「お登勢、お前を殺したのは俺だ。長庵に頼まれたのだ。お前の亭主の重兵衛を殺したのは長庵だ」と叫びながら家の中をのたうち回っている。番所に呼び出された三次はこれが年貢の納め時だと思いすべてを白状する。三次の自白に基づいて調べてみると家の畳の下から手拭でくるんだ血の付いた包丁が見つかる。
 次の御取調べで、長庵、三次、おみつ、忠兵衛、伊勢屋五兵衛、久八ら関係した者たちがズラリと並ぶ。越前は長庵に、義弟である重兵衛を殺し60両を奪ったこと、その妻で長庵の実の妹であるお登勢を三次に依頼して殺害させたこと、伊勢屋の若旦那の千太郎から50両をだまし取ったことなどを問い質す。しかし長庵はなおも認めない。馬道の三次は毎夜「お登勢」の幽霊にさいなまれていると言う。畳の下から出てきた包丁は長庵の家の台所にあった物だと三次は証言するが、その証拠はない。するとその包丁を包んであった手拭を見てお小夜はそれは自分の物であると言う。見ると確かに血に染まった手拭の端にはお小夜の名前が入っている。これは松葉屋に売られた際60両の金を包んだ手拭で、父の重兵衛に手渡したものだと言う。
 もはや言い逃れの出来なくなった長庵。観念してすべての罪状を白状、市中引き回しの上獄門の刑となる。おみつの執念により夫・藤掛道十郎の無実が証明された。伊勢屋の番頭であった久八も、千太郎の死因が心臓発作であったことが分かり無罪になる。その後、亡くなった伊勢屋の若旦那・千太郎と元番頭の久八は腹違いの兄弟であったことが分かる。久八は伊勢屋の跡を継ぎ、店は前にも勝り繁盛したという。

 (終わり)




参考口演:神田阿久鯉

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