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講談連続物『髪結新三』あらすじ

(かみゆいしんざ)



《主な登場人物》
●新三 髪結という仕事はしているが、ヤクザ者で様々な犯罪に手を染める。白子屋の娘、お熊が不義をしていると知り、店をゆすって一儲けしようと誘拐する。お熊を取り戻そうとして逆に恥をかかされた源七親分に殺される。
●お常 材木商・白子屋の女房。病気の主人に代わって店を切り盛りするが、元が派手好きで身代は傾いていく。そこで持参人目当てで娘のお熊に又四郎という婿を迎える。又四郎はお熊の不義を知り、別れようとする。そうなると持参金を返さなければならない。そこでお常はお熊と共に又四郎の殺害を企てる。
●お熊 白子屋の娘。手代の忠七と良い仲になるが、持参金を得るためイヤイヤ又四郎という男を婿にすることになる。それでも忠七との仲は続き、髪結新三に誘拐され、金を脅し取られる。その後、母親のお常とともに又四郎の殺害計画に加わる。
●忠七 白子屋の手代。店の娘のお熊と良い仲になるが、お熊が婿を迎えても二人の仲は終わらない。それを髪結新三に知られ、雨降る永代橋でさんざんな辱めを受ける。お常、お熊ととにも又四郎の殺害の計画に加わり、その実行犯になる。
●又四郎 白子屋の娘、お熊の婿養子になる。しかしお熊の不義を知り離縁しようとするが、持参金を返したくないお常、お熊らから命を狙われる。羽田で殺されたと思ったが…。
●源七 親分といわれる男だが、誘拐されたお熊を取り返そうとして、逆に髪結新三から大きな恥をかかされる。これを恨んで、新三を焔魔堂橋で殺害、これを知られた居酒屋夫婦も刺し殺す。罪を白子屋の勘当された息子、庄之助に押し付けようとするが、大岡越前守のお取り調べにより、すべての悪事は暴かれる。
●庄之助 白子屋の息子。放蕩者で店を放逐され、源七親分の家に厄介になる。源七により、新三ら3人の殺害の罪をなすりつけられるが、大岡越前守の裁きにより無実が証明される。
●加賀屋長兵衛 お熊と又四郎の仲人をする。お熊の不義を知った又四郎は離縁しようとする、また又四郎は持参金を返したくないお常、お熊から命を狙われる、そんな又四郎を手助けする。

【第1席】永代橋の場

 日本橋・新材木町に白子屋という材木商があり店はたいそう繁盛している。ところが主人の庄三郎が失明した上に中風になり寝たきりになる。女房のお常が店を切り盛りするが、元が深川の芸者で派手好き。商売がうまくいくはずもない。庄之助という倅がいるが放蕩者で店を出てしまったきりである。娘にお熊がおり、器量は良いが派手な化粧をしている。このお熊が手代の忠七と良い仲になっている。それから嫉妬と不平がうずまき、店の者は勝手し放題で、奉公人は昼間は芝居見物にでかける、夜は天ぷら屋や蕎麦を食べに行くという有様である。しかもある夜、白子屋に泥棒が入り500両という金を盗み出し、店の身代が傾いてゆく。
 どんな婿でもいいから500から600両の持参金を持ってきてくれる人をお熊と縁付きさせたい。そこへ車力の善八が仲介に入って、桑名屋惣右衛門の店の番頭、又四郎が500両の持参金付きでお熊の婿になることになった。お熊はあんな人は嫌だというが、母親のお常は金のためならしょうがないとすげない。又四郎とお熊とは年が離れており、決していい男とは言えない。夜の床の中にもお熊は又四郎を寄せ付けない。
 ある日、店では又四郎やその他店の者が出払っており、忠七がひとりで番をしている。髪結新三がお熊の元を訪れる。入れ墨があり脛に傷を持つ男である。足元をみると手紙が落ちており、これを拾ってひょいと袂に入れる。厠でこれを見ると、お熊から忠七へ宛てた恋文である。新三はこれを見て何かひらめいた。四ツ時分に忠七がに安国橋で待っているのであなたもいらっしゃて下さい、こうお熊に告げる。また今度は忠七のところへいき、お嬢さんからの言い付けで四ツに安国橋に来てくださいと告げる。
 夜、お熊は真夜中店を抜け出す。庭木戸を抜け出ると新三が待っていた。「さっき言ったところへ頼むよ」。お熊を乗せた駕籠は駆けだす。向かった先は新三の家で、お熊はここに監禁される。
 一方、忠七も店を抜け出すと新三が待っていた。忠七は番傘を持っていこうとするが、新三は自分が持っているので要らないと言う。
 二人して歩いていくと北新堀の辺りでポツリポツリと雨が降り出し、永代橋まで来るとザーと降る。新三は番傘を差し、忠七は頭から手拭を被る。忠七は傘に入れて欲しいというが、新三は拒み「人の傘に入る奴があるか、お前は誰だ」と凄む。「お熊さんと会わせてくれると言ったじゃないか」「お熊さんには又四郎という立派な婿がいるじゃないか。この新三は間男の取り持ちなんかするか」。忠七は新三の袖にすがるがそれを振り払い、これから歌舞伎での名セリフとなる。新三は傘をすぼめると、パーンと忠七を頭を叩き付け、唾を吐く。忠七の額からは血が流れる。「ざまぁみやがれ」といって新三は雨の降る暗闇の中去っていく。
 よくも騙しやがったな、死んで恨みを晴らしてやる。忠七は永代橋の欄干に足を掛けたところで、これを押しとどめたのが新三の家主である長兵衛だった。

【第2席】鰹の強請

 翌朝、お熊と忠七がいなくなったと白子屋は大騒ぎである。そのなか深川富吉町、新三の家主の長兵衛の使いの者がやってきて、お熊は誘拐され、新三の家に閉じ込められていると告げる。亭主がいるのに不義密通をしているので奉行所に訴え出ることは出来ない。車力の善八に相談し、江戸の顔役である弥太五郎源七にお熊の救出を依頼することにする。源七は「十両で話を付けてやる」といって、新三の家に乗り込んだ。卓子には初ガツオが準備されている。「白子屋の一件は手を引いてくれ」と源七は頼むと、「亭主を嫌がってお熊の方が勝手についてきたのだ」と新三は言葉を返す。源七は10両の金で娘を返してくれないかと言うと、新三は怒り出し大あぐらをかいて1000両を要求し、さんざん源七を罵る。「覚えていろよ」と言って源七は新三の家を飛び出す。そんな源七を新三はせせら笑う。
 家主の長兵衛は、相手が白子屋なら10両という金は少なすぎる、せめて30両は必要だと言う。「わしが口を利いてやろう」、長兵衛が新三との折衝を引き受けると言う。善八が白子屋から足りない20両の金を持ってくる。
 長兵衛は新三の家を訪ね、「娘をかどわかしたろう」と迫る。長兵衛の勢いに圧倒され、「それでは30両でようがす」と新三も渋々承知をする。お熊を駕籠に乗せて白子屋へと返す。長兵衛はさらに「大家といえば親も同然、店子というば子も同然」と言って、この30両は山分けにしようとい言い出す。新三は反発するが、長兵衛は「奉行所へ突き出せば前科者のお前は遠島だぞ」と脅し、さらに店賃の件を引き合いに出す。ついには新三は折れた。さすがの新三も長兵衛の強欲さには敵わない。「カツオは半分、貰っていくぞ」長兵衛は、新三の家を出る。

【第3席】新三殺し

 白子屋の一件があり、弥太五郎源七親分は髪結風情に負けたと悪評が立つ。また新三はツキまくり、バクチで大いに儲ける。髪結をやめてバクチ打ちになり、「深川の兄い」と呼ばれるようになる。一方、源七は落ち目でバクチでも負け続けである。さんざん恥をかかされたことを源七は怨み、新三を殺そうと思う。
 7月23日、本所石原の正覚寺で新三を貸元にしたバクチが開かれている。この日は六ツすぎ(午後6時)がら雨が降っている。五ツ(午後8時)ころ、源七は笠に蓑(みの)をつけて吹屋横丁の自宅を出て正覚寺へ向かう。しばらく門前で待っていると四ツ(午後10時)ころ、バクチを終えた者たちがパラパラと出て来た。四ツ半(午後11時)、小田原提灯を持った子分、勝之助を連れて新三が寺を出てくる。若い者と一緒であるので、襲うことは出来ない。2人の跡を付いていくと、二ツ目橋で新三は勝之助に借金の取り立てに行けという。勝之助と別れ、新三は一人になった。しかしまわりには人家には灯りがあり、人通りもあるので、新三をやっつけることは出来ない。閻魔堂橋までくると辺りは真っ暗である。ここぞと源七は脇差を抜く。「よくも恥をかかせたな」。新三の脇腹を突き刺す。倒れた新三の上にのしかかって滅茶滅茶に刺す。胸元に止めをさす。新三の懐から財布を取り出し金を奪って、石を詰め、橋の上から死骸をドブンと川に捨てる。
 佐賀町河岸では三右衛門の老夫婦が居酒屋を開いている。後片付けをしているところで源七は店に入る。「おや、吹屋町の親分」。馴染みの客だからと三右衛門夫婦も快く出迎える。源七は着ていた蓑を傍らに置き、酒を注文する。「親分、どこかで喧嘩でもしましたか」と三右衛門が尋ねると、源七の顔色が変わった。着物に血がベットリと付いているのだ。犬が吠え掛かって頭に来たので叩き斬ってやったと源七は答える。慌てた源七は店を出るが、蓑を置き忘れてしまう。居酒屋などに寄らなければよかったと後悔する源七。
 永代橋まで来ると風雨が激しくなる。三右衛門夫婦をやっちまえと考えた源七は店へ引き返し、中の様子をうかがう。三右衛門夫婦は、あの血は犬の血ではない、人の血だ。厄介なことになるのでこのことは黙っていようと語り合っている。しかしつい口を滑らせるということもある。やはり殺してしまおう。源七は脇差を抜き、窓の雨戸をこじ開けて中に侵入する。寝ていた三右衛門は目を覚まし、「えらい嵐だ」と土間におりる。そこを源七は右の肩、続けて脇腹を斬りつける。「泥棒!」と叫んだ三右衛門の女房は源七の足にしがみ付くが、これも肩先から斬る。慌てて窓から逃げ出し、永代橋を渡って我が家まで帰る。
 ドンドンと戸を叩くと、白子屋の店を勘当になって源七親分の元に身を寄せている庄之助が出て来た。源七はフンドシ一丁で着物を脇に抱えている。雨で濡れた着物を洗うので水を汲んでくれと源七は言う。いつも落ち着いている親分がなんでこんなに慌てているのだろうと、庄之助は訝しく思う。源七は着物に付いた血をゴシゴシ洗うが、血は落ちない。源七は着物を縁の下に放り投げる。源七は蓑を三右衛門の店に忘れたことに気づいたがもうどうしようもない。その夜はそのまま寝る。
 翌朝、閻魔堂橋で一体の死骸が見つかる。役人が検死をするが、何度も何度も斬りつけた跡があるのでこれは怨恨があっての犯行であるか。まもなくバクチ打ちの新三であることが分かり家主に尋ねるが、喧嘩ばかりしているような男で恨みをもっている者はいくらでもいると言う。新三の子分に聞くと、6月3日の八ツ(午前2時)過ぎに、新三の家に泥棒が入ったという。泥棒は新三の三尺帯を掴み胴巻きの金を奪おうとするが、それに新三が気づき泥棒は慌てて逃げ出そうとする。新三は泥棒の帯を掴んで奪い取るが、結局は逃げられてしまった。役人が新三の家の戸棚を調べると、帯には紙に包まれた、イカサマバクチ用の賽(さい)が2つ見つかった。新三の弔いは店請人が出す。
 一方、三右衛門の家ではいつも早起きの夫婦の姿が六ツ半(午前7時)になっても見えない。不審に思ったしじみ売りは雨戸が外れているのに気づき、中をのぞくと爺さん婆さんが殺されている。これも役人が検死する。2〜3丁離れたところで計3人が殺害された。三右衛門夫婦の店では紛失した物はない。これは遺恨による犯罪に違いない。町役人に聞くが、三右衛門は仏のような人で他人から恨まれるようなことは無いと言う。店の床几の上には蓑が残されている。見ると珍しい縞柄の布が付いている。殺害した者が忘れていったのであろう。

【第4席】無実の牢問(ろうどい)

 大岡越前守がお調べになり、イカサマバクチの賽を作った者が分かった。さらに調べると白子屋の勘当された倅、庄之助が持っていた物だと分かる。奉行所から庄之助にお呼び出しが掛かる。庄之助は新三を殺していないというが、帯とサイコロを見てブルブル震える。新三が妹のお熊をかどわかして手籠めにした、そして三十両の金を母親から受け取り、新三はお熊を返した。その三十両を取り返そうと新三の家に侵入したことは認めたが、殺してはいないと言う。奉行の大岡越前の申しつけにより、新三と三左衛門夫婦を殺した廉で、庄三郎は牢に入れられる。
 これを知った源七は、庄之助には気の毒だが、これで自分は安心だと喜ぶ。庄之助は何度も取り調べを受けるが、殺害は認めない。牢問(ろうどい)で、棒で叩かれたり、石で責められたりする。最初のうちは否認していた庄之助だが、厳しい責めでついに自白する。
 牢に帰るが白状した庄之助には牢内の者たちは厳しい。牢内の落ち間にぶち込まれる。まもなく、牢内に火の車八五郎という者が入ってきた。翌朝、八五郎は庄之助に水を与える。庄之助は新材木町の白子屋の倅だと言うと、八五郎の表情が変わった。八五郎は8年前、500両の金を白子屋から盗んでいたのだ。庄之助は人を殺したりはしていないと言う。苦痛に耐えられずよんどころなく白状しただけだ。500両盗んだ埋め合わせで、庄之助を助けてやろう。八五郎は上州のバクチ場で2人を殺している。これだけなら打ち首死罪で済むのだが、25年前に継母を殺している。「今度白洲に上がったらこう言いねえ」と、八五郎は庄之助に何やら教える。
 越前守がご着座になり、始めに八五郎が呼びつけられる。打ち首ということで落着になったが、八五郎は立たない。磔の刑になりたいと言って、継母殺しを白状する。白黒はっきり分けるのが、奉行のお役目である、潔白の吟味を願いたいと言って立ち去る。へんなことを言うなと思う越前守。
 続いて入って来た庄之助。今日は、引き合い人として弥太五郎源七、町役人が付き添っている。庄之助は、苦痛に耐えかね自白したが、人を殺してはいないと改めて訴える。もしも3人を殺した者が後で出てきても、自分の命は戻らない。越前守はふと弥太五郎源七の着物を見る。三左衛門の家に残されていた蓑の裏についていた布と同じ柄である。珍しい柄であるがどこで手に入れた物かと聞くと、源七は上総東金の叔母がくれたものだと言う。江戸市中でもこの柄の着物を着ているのは源七ただ一人であろう。
 源七が永代橋で新三を殺した後、三左衛門の店へ行き酒を飲んでいたが、「着物に血が付いていますよ」と言われ、新三殺しが露見してはまずいと、三左衛門夫婦も殺したのであった。源七は、7月23日に庄之助が蓑を借りに来て、そのままになっていると言って反論する。庄之助は源七が新三と三左衛門夫婦を殺したのだと言う。庄之助は越前守に対して語る。7月23日の日は大降りであった。自分が源七の家に居候になっているが、夕方蓑を着けて出かけていったが、明け方帰ってくると蓑を着ていない。源七親分の着物を見ると血がベットリ付いていた。自分は、三右衛門の店には行ったこともない。蓑を源七に着せてみると、大きさはピッタリである。一方、庄之助が着ると二寸ばかり引き摺っている。もし庄之助がこの蓑を着ていれば当日は雨であったので泥がもっと付いているはずである。源七に縄が打たれる。源七の家を調べてみると、床下から新三の着物が見つかる。こうして新三、三左衛門夫婦殺しの一件は落着した。
 一方、白子屋へ500両の持参金で婿に入った又四郎は、お熊との仲もうまくいかず我慢をしていたが、この一件があってからお熊と忠七の仲に気づき、自分がこの家に迎えられたのは500両の金目当てだということが分かった。なんとか500両の金を返してもらってこの家を出たいと思っている。しかし、お常、お熊には金を返すことは出来ない。これから婿殺しという話になる。

【第5席】婿殺し

 6月の終わりのこと。お常は暑さにやられたといって、神田江川町に玉井玄貞という医者を呼ぶ。これがひどい薮医者で貧乏暮らし、着物は一枚しかもっていない。白子屋を訪れた玄貞はお常の脈を取ろうとするが、お常はあんな汚い手で触られるのは嫌だという。そこで玄貞を風呂に入れる。風呂から出ると、綺麗な浴衣が用意してある。着替えて2階にあがり、しばらくするとお常もあがってくた。40歳はとうに過ぎているが、33〜34歳にしか見えない。深川の芸者あがりのなんとも色気のあるいい女である。玄貞は酒をご馳走になり、また500疋という金をもらい、「明日はお薬をお持ちします」と言って帰る。翌日来るとまた風呂に入り、出ると絽の羽織が用意してあり、帰りに1両の金をもらう。また翌日来るとまたまた風呂に入り、出ると小倉の帯が用意してあり、帰りに1両の金をもらう。7日も経つと、玄貞の身なりはすっかり良くなった。
 「昨晩は癪(しゃく)が起きたので、今晩はお泊り下さい」、お常はこう言う。夜、お常は蚊帳の中に入っている。玄貞は隣の部屋で酒をチビリチビリとやっている。すると、お常の「ウーン、ウーン」という声が聞こえる。癪を起したか。玄貞は隣の部屋に行きお常の寝ている蚊帳の中に入る。お常のなんともいえない色香が漂う。玄貞はお常のお腹を押したりさすったりすると、痛みは消えたという。「さすがはご名医」というが、実は仮病であった。
 お常は話す。主人は60歳になるが、長患いで寝たきりである。看病するほうも疲れるし、なにより本人がつらい。いっそのこと早く楽にさせてあげたい。こう言って玄貞の手を握る。玄貞はゾクゾクッとする。店の主人を亡き者にしたら、わしの女房になるつもなのか、玄貞はすっかりその気である。薬を調合し、明日持ってくると言って店を出る。
 翌日、玄貞は毒薬を持参する。お常は「しばらく店には来なくていい」と言う。なるほど店の主人が亡くなるとなれば、自分が出入りしていたのでは怪しまれてしまう。関わっているとバレてはお常と一緒になることは出来ない。色欲に迷った玄貞は、あくまでも自分に都合のよいように考える。
 数日経った朝、下男の久助は台所で味噌を摺っている。お常は買い物にいくように久助に頼む。久助が出ると、お常は味噌汁一人前を土鍋に分け、その中に懐から取り出した毒薬を入れる。その直前、買い物する品を確認しに久助が戻ってきて、お常の不審な行動を見ていた。なぜ、お常は今朝に限って早起きをして、わざわざ台所に来たのか。味噌汁に何か入れたが、あれを又四郎に飲ませるつもりなのか。そうか、あれは毒薬だ。
 又四郎はいつものように吹屋町の湯屋へ行くが、そこで久助は話しかけ、味噌汁には毒薬が入れてあるので飲むなと言う。また車力の善八にもこのことを話す。又四郎が家に戻ると、お熊が朝食の支度をして待っていた。母親に叱られ今朝は食事の給仕をすると言う。又四郎は、今日は具合が悪いので朝食は要らないと告げる。お熊は、味噌汁だけでも一杯のんだらどうですか、あなたのために取っておいたと言う。すると又四郎は、それならお前が飲めと怒鳴る。お熊が困っているとお常が出てきて「若旦那がお前の給仕で召し上がらないのは、他にいい女が出来たからだろう」と言って、味噌汁を庭に捨ててしまう。金を使い、さらに色仕掛けで手に入れた毒薬はこうして無駄になってしまった。
 又四郎は危なくてこんな家にはいられない。そこで考えて、大山にお詣りにいくことにする。仲人をしてくれた加賀屋長兵衛には、大山に行っている間に離縁の話を進めて欲しい、持参金の500両を返してくれるように取り計らって欲しいと相談する。自分が出掛けている間に、お熊と忠七は逢引きをするであろう。その時に首根っこを掴んでやる。また車力の善八にも同じ話をする。
 又四郎は大山へと旅立った。忠七は、木挽町のならず者である岸郎と長次郎を雇い、3人で又四郎の後を追いかける。神奈川では又四郎のいる宿屋の向かいの宿に泊まるが、又四郎が出てくるのは昼近くになってからである。戸塚、保土ヶ谷と進み、又四郎はまたもここで一泊する。当時としてはひじょうにゆっくりである。その翌日は藤沢に泊まり、さらにその翌日にようやく大山まで到着する。忠七ら3人は、大山は霊験あらたかな場所なので、ここで手出しはしない。又四郎は駕籠に乗って、江の島、鎌倉、金沢八景と回り、彼を追う3人もまた観光する。翌日は川崎大師に参詣である。又四郎は羽田の叔父さんの家に泊まろうと思う。羽田へ向かう渡し舟に乗るが、忠七ら3人も慌ててこの舟に駆け込む。当時の羽田は寂しいところであった。又四郎は歩いていると、後ろから3人組が付いてきていることに気付く。さては泥棒か。すると1人が近寄って来て、棒で又四郎を殴る。もう2人も来て、3人がかりで又四郎を殴ったり蹴ったりする。又四郎は気を失ってしまった。とどめを刺したいが、大師の茶屋に脇差を忘れてきてしまった。3人は又四郎をぐるぐる巻きにして海に放り投げる。

【第6席】帰ってきた又四郎

 又四郎を殺したと聞いて喜んだのがお常。喜四郎と長次郎に金を与える。そして、周囲には又四郎が大山詣りに行くと偽って店の金300両を持って逐電したとウソの話を言いふらす。これを聞いた加賀屋長兵衛はおかしいと思う。又四郎とお熊を縁付かせた車力の善八にも相談する。ある日の夜、善八が寝ていると白い着物を着た又四郎の幽霊が「仇を討ってほしい」といって夢に現れる。驚いて翌朝長兵衛に伝えると、彼も同じような夢を見たという。これは大山詣りの途中に又四郎は殺されたに違いない。長兵衛が下男の久助に聞くと、味噌汁の一件を話し、毒が入っていたのに間違いないと言う。
 奉行所への駆け込み願いで、3度目に訴状が取り上げられる。下男の久助は白子屋から暇を出され、加賀屋長兵衛が引き取ることになる。
 8月5日、双方が南奉行所に呼び出される。善八に久助、それに白子屋の側はお常。娘のお熊は病気だと偽って欠席する。大岡越前守が正面に着座し、一同は白洲の上に並ぶ。越前守は味噌汁の中に毒薬を入れたかどうか問うが、お常はそれは主人・正三郎の病気に効く薬を入れたのだと語る。主人を訴えるとは何事かと問われ、久助は縄で縛られ牢に入れられる。しかしこれは越前守の深い考えがあってのことだった。また車力の善八も手錠を掛けられることになった。これに喜んだのがお常。お取り調べが終わって、町役人たちを田所町の鰻屋、和田平へと誘う。
 善八は手錠を掛けられたが、役人が手心を加えてくれて、右手は抜いて使うことが出来る。加賀屋長兵衛は再吟味があるはずだと言うが、待てど暮らせど連絡はない。善八は金杉橋の評判の占い師に診てもらうことにする。七つ、夕方の4時の時分、外でワーワー騒ぐ声がする。子供たちが棒きれを持って一人の狂人の男を追い回している。善八がその狂人の顔を見ると又四郎ではないか。お常に命令された忠七、喜四郎、長次郎が又四郎をさんざん殴り気を失ったので死んだと思い、止めは刺さずに海に放り込んでいたのだが、実は又四郎は死んでいなかった。浜辺に打ち上げられたところを漁師に助けられ、介抱されて息を吹き返したのだが、あまりの恐ろしさに気が狂ってしまったのだ。そのうちに又四郎はバッタリ倒れてグーグー寝てしまう。そこへ駕籠屋が通りかかる。善八はこの人は自分の親戚の者だと言って、又四郎を大伝馬町まで連れてってくれと言う。
 連れて行った先は、又四郎が元働いていた桑名屋惣右衛門の店である。あれほどかわいがった又四郎がと惣右衛門は涙を流す。戸塚の旅籠に又四郎の兄がいるという。そこでゆっくり養生させようと、駕籠屋に又四郎を連れてってくれと言う。
 翌朝早く、店の若い者を付けて、又四郎を載せた駕籠は出発する。品川あたりまで来て目を覚ました又四郎が暴れ、駕籠が大きく揺れる。そこへ大岡越前守の手付きの同心4〜5人、御用聞きが10人ばかりが通りかかる。この駕籠を見て不審に思った同心は、中を見せろという。そこには狂人がひとりいる。店の者は事情を事細かく話す。「何、桑名屋の又四郎か」。又四郎は重要人物ということで、人相書きが配られていた。再吟味に必要な人物であるというので、又四郎を載せた駕籠は南奉行所へと連れていかれる。
 名医が見立てて、薬を与え、グッスリ寝かせると、又四郎は半月ほどですっかり回復して正気を取り戻した。取り調べで又四郎は白子屋に婿入りしてからこれまでの事を細かく話す。天保10年10月15日、大岡越前守は再吟味をすると申し付けた。訴える側は善八と久助、訴えられる側はお常。お熊は病気のため出られないと申し出たが認められなかった。それぞれに町役人が付き添う。いよいよこれから大岡越前守の再吟味となる。

【第7席】黄八丈引き回し

 天保10年10月15日、いよいよこれから大岡越前守の再吟味となる。訴える側は車力の善八と下男の久助、桑名屋惣右衛門に、加賀屋長兵衛。訴えられる側はお常。お熊は病気のため出られないと申し出たが認められなかった。それに女中のお菊、医者の玉井玄貞、ならず者の喜四郎と長次郎。女中のお菊はお常と医者の玉井玄貞がなにやら話していたと証言する。玄貞は「毒薬も場合によっては良く効く良薬になる」とうそぶくが、縄を打たれる。
 続いてお熊は越前守から、又四郎に毒の入った味噌汁を飲ませようとしたのではと問われるが、母親のお常にせっつかれて知らぬ存ぜぬと答える。また手代の忠七の居場所を尋ねられるが、これも知らないと言う。実は白子屋の2階の長持の中に隠れているのであった。鬼のようなお常だが、娘のお熊と手代の忠七、好いた者どうし一緒にさせたいと思っており、忠七に旅支度をさせている。
 引き続いて、喜四郎と長次郎が尋問される。忠七とともに大山詣りか戻る途中の又四郎を羽田で殺害し、海に投げ込んだ旨を問われるが、お常は忠七が店の金300両を持ち逃げしたと訴える。ここで出て来たのが、正気に戻った又四郎である。チンピラである喜四郎と長次郎は白状する。お常とお熊にも縄が打たれる。
 忠七は、お常のお熊がいつまで経っても帰ってこないので、長持を出て、浅草阿部川町の親の家へと向かう。両親との再会を果たすが、すでに手配が及んでいて逃げ場がない。南奉行所へ駈け込んで、すべてを白状する。お常、お熊はもう隠し通すことは出来ない。医者の玉井玄貞はまもなく牢屋の中で亡くなる。
 これからいよいよお仕置きである。享保11年3月、白子屋の一件の関連で3人を殺した弥太五郎源七、今でいう殺人未遂の罪で喜四郎と長次郎、それに忠七、お熊の5人が江戸市中引き回しということになる。江戸より西の生まれである忠七は鈴ヶ森で刑に処せられ、後の4人は伝馬町へ引き返す。忠七と別れる時お熊は叫ぶ。「一足先に行ってくれ、すぐに追いかけるからね」。この時22歳のお熊は、たいそう流行っていた黄八丈の振袖を着ていたという。こうして5人は打ち首のうえ、獄門となった。
 白子屋はお取り潰しになり、病気であった主の庄三郎は面倒を見る人のいなく野垂れ死にをする。長男である庄之助は、両親と妹の回向をするため、頭を丸めて諸国行脚の旅に出る。母親のお常は死罪を免れ八丈島に流罪になる。一連の事件で一番悪いはずのお常だが、なぜ死罪にならなかったのか。死ぬよりも生きて罪を償うほうが辛いことであるからでないか。30年後、75歳になった時に御赦免になって江戸に戻る。それからは築地小田原町の三河屋善兵衛、子供のころ白子屋に奉公していた者の元で世話になる。お常は81歳まで長生きをしたという。




参考口演:一龍斎貞花、一龍斎貞弥

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