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講談連続物『小猿七之助』あらすじ

(こざるしちのすけ)




《主な登場人物》
●小猿七之助 山谷の船頭。小さくてすばしっこいのでこの名がある。両親や妹、女房のお滝のために殺しを重ね、追われる身になる。
●お滝 浅草広小路に住む芸者。七之助の女房。子供のころ山王様のお祭りで迷子になっているところをお角婆ァに連れ去られ、芸者になった。
●七蔵 七之助の父親。漁師であるいっぽう、イカサマ博打で名を馳せる。殺された幸吉の祟りで腰が抜け、半身不随になってしまう。
●おもと 七之助の母親。やはり幸吉の祟りで目が不自由になる。隣家の八蔵という侍に金を盗まれた際に殺されてしまう。
●お幸 七之助の妹。やはり幸吉の祟りで盲目になる。のちに女按摩になり七之助と再会する。
●鷹爪お角 お滝の養母。山王様のお祭りで迷子になっているお滝をさらって育てる。お滝を金づるとしか思っていない、冷酷な婆ァである。
●八蔵 元は侍の子で赤坂の大谷八右衛門の倅だった。隣家の七蔵宅から50両を盗み、七蔵の女房を殺害する。実の母親がお角婆ァであることを後に知る。


【網打ちの七蔵】
 江戸時代も爛熟しきった文化・文政の頃の話。深川相川町に住む網打ち渡世七蔵。女房はおもと、子供が二人おり、兄は七之助、妹はお幸と言う。七蔵は曲打ちの名人であり、客の注文通り自由自在に網を打つことができる。しかし年中博打ばかりで生活は苦しく、イカサマ博打の名手として深川では名が通っている。あるとき博打で手に入れた金50両が偽金であったが、14歳の倅の七之助は永代橋で拾った金であると罪を被って、5年間の江戸処払いになる。しかし十年経っても七之助は帰ってこない。
 ある日、弥吉という者から品川の賭場に誘われる。5両の金で質屋に入れていた着物を女房を代わりに質入れすることで引き出し、10両の金を借り、髪結へ行って、大家から羽織を借り、どうみてもどこかの隠居様といった格好で出かける。永代から高輪までは乗り合い船を使う。しかし品川の賭場までくるとカモと目していた男が帰ってしまったと言う。弥吉とあなご茶屋で一杯飲んで飯を食い、高輪から永代までの乗り合い船で帰る。船の中で車座になり丁半博打が始まる。七蔵は得意のイカサマ博打で思わぬところで金を儲けた。一方、新川新堀の鹿島屋の幸吉という手代は、父親から借りた金10両と、主人から言いつかって集めた掛の30両を博打で取られてしまった。船が永代橋に着き船頭から聞くと、博打の相手は七蔵というイカサマ師で、後から追っかければいくらかは返してもらえるかも知れないと言う。幸吉は七蔵の元まで駆け寄り、半分だけでもいいから返して欲しいと懇願する。七蔵は1両を渡すが幸吉はその金を投げつける。七蔵は幸吉を突き倒し、草履で顔を思い切り叩く。「死んで祟ってやる」。眉間に傷を負った幸吉は七蔵の着ている羽織の片袖を引きちぎって去っていく。七蔵は女房を請け出し、深川相川町の我が家へ戻る。この後、死んだ幸吉が七蔵の家族に様々に祟る。

【永代橋・一人船頭一人芸者】
 大川(隅田川)には数多くの船宿があったが、船宿のご法度として一人船頭・一人芸者は固く禁じられていた。船の中での間違いを避けるための定式(きめしき)である。ところがその晩、山谷堀から乗って来た客は4人、芸者が1人。鉄砲洲の稲荷河岸でお客が揚がると、船内は船頭1人、芸者1人になる。櫓柄を取っているのは山谷の小船乗りの船頭で七之助、すばしこいので小猿というあだ名がある。芸者は男嫌いで名の通っている浅草広小路の滝野屋のお滝。パラリと降った雨も止みんだ。
 永代の橋をくぐったところで、「南無阿弥陀仏」という男の声がしドブンと飛び込む音が聞こえる。心中ではなく身投げのようだ。船上に助け上げると24〜25歳のどこかのお店の者のようで、喝を入れると男は息を吹き返した。聴くとこの男は新川新堀の酒問屋・鹿島の若い者で名は幸吉だという。父親から10両を借り、さらに店の遣いで30両の掛を集め高輪から永代まで船に乗ったが、その中での腰掛バクチでその40両をそっくり取られてしまった。このバクチはイカサマだと船頭から知らされ、船から揚がったイカサマ師に金を返してくれと迫ったところ逆に眉間を殴られ、その男の片袖を引きちぎって永代橋から身を投げたと言う。お滝は30両くらいの金なら貸せるといって元気づけ、幸吉も落ち着く。しかしその相手のイカサマ師の男の名は深川・相川町の網打ち、七蔵であるという。「七蔵」という名を聞いて七之助の顔が変わった。この七蔵こそ七之助の父親である。10年も前、バクチで偽の金を掴まされて、その罪を七之助が被ったことがあった。それでバクチはよしてくれると思っていたが、今になっても止められない。幸吉が立ち上がりよろけたところで七之助は船をわざと傾けると、幸吉は川へ落ちた。「なんか知らないけれどまた飛び込んでしまいました」ととぼける七之助。
 船を元の方向へ戻し、また永代の下をくぐる。「私は辰巳の方へ帰るんだよ」とお滝はいう。大粒の雨が降り出す。七之助は匕首を懐から取り出す。七造というイカサマ師が自分の父親であることを明かし、父親を助けるために一度は助けた幸吉を殺した。これを知られたら自分も命もないと、お滝も殺すと言う。ここにきて実はお滝は七之助に恋心があることを告げ、七之助も本心では女房を持つならばお滝のような女を望んでいたと言う。こうして2人は深い仲になる。


【網打ち因果話】
 深川相川町の七蔵の家に三波(さんぱ)が訪れる。最近どうにも魚が取れなくて干上がっているという。沖でイナが寄っていて、川筋の船が出払っているというので2人して品川沖に出る。七蔵が網を入れると土左衛門が引っかかる。おっかない顔をして眉間に傷をおい、羽織の片袖を持っている。新川新堀の鹿島屋の若い者、幸吉である。川に再びいれ棹で突くと、羽織を片手に持ったまま死骸は流れていく。
 永代橋が見えてきた。七蔵も長い間、網打ちの仕事をしてきたが、始めにいれた網に人の死骸が引っかかるなどという経験をしあことはない。せめて今晩のおかずにともう一網入れると、また土左衛門である。眉間の裂けた先ほどの男がまた引っかかった。潮は下げ潮である。品川で揚げた死骸が潮に逆らって永代まで上るということはあるか。気味悪がった2人は深川相川町まで戻る。
 家へ戻った七蔵は、女房のおもとに仏壇に燈明をあげるよう頼む。幸吉に半分だけでも返してやればよかったと悔やむ七蔵。三波が二階にあがると、こんな家にはいられないと逃げ出した。昨日大家さんから借りた、片袖のない羽織が衣文かけに掛かっていたのだ。これを見て驚いたのだ。悪事はこんなことから露見するのだと思うが、もう後の祭りである。おもとが勝手元で洗い物をしていると仏壇が急に明るくなる。覗き込むと「パチッ」と大きな音がして、目に丁子が跳ね上がる。「熱いよッ」。階下をのぞいた七蔵は階段から転げ落ちて半身不随になる。娘のお幸が井戸端へお米を研ぎにいく。下駄が滑って、傍らの溝のなかに顔から落ちる。先が尖った二本の棒に目が刺さって盲目となる。一家三人が一時に災難に遭う。これも鹿島屋の幸吉の怨念か。

【深川の我が家】
 七之助はバクチ打ちになって、お滝から金を無心する身となる。今日も友達のためにどうしても5両の金を工面しなければならない。お滝の家にいき、戸の前で聞き耳を立てる。母親の鷹爪お角が、お滝にお腹の子は誰の子かを厳しく問い詰めている。お角はひどく七之助のことを嫌っている。お滝が子供の父親が七之助であることを明かす。お角は怒り、降ろし薬を買ってきて飲ますという。
 こんな様子では、お滝から金を貰う訳にはいかない。そうだ、深川相川町の我が家へ行こうと考える。家の前に立ち、入れないでいると、母と妹が盲目に、また父親の七蔵が中気で腰を抜かしていることが分かる。鹿島屋の幸吉が七蔵ばかりでなく、母や妹にも祟ったか。これではとても金を借りるどころではない。
 七之助は百本杭の前まできた。吉原に娘二人を130両で売って家へ帰る途中の親父を、後を付けてきた侍が斬り殺し金を奪ったところに出くわす。七之助は侍の跡を付ける。吉原へ連れてってくださいといって近づく。御厩河岸で匕首でもって侍を殺し、130両の入った胴巻きを奪う。
 七之助は、深川相生町の我が家へ戻る。久しぶりに父親・七蔵、母親、妹と対面した。賭場で儲けた金だと言って、50両の金を渡す。必ずまた帰るといって、三人と分かれる。

【奥州白河落ち】
 いっぽう、お滝の家では母親のお角が降ろし薬を飲まそうとしていた。そこでドンドン戸を叩いて、七之助が訪ねてくる。七之助は50両の金を渡す。お角はあれほど嫌っていた七之助のことを「いい男」だと言い出す。酒・肴を買ってくるといってお角は家を出る。お角が出かけている間に、降ろし薬の入ったビンを割ってしまう。いつになく金を持っている七之助を訝しく思うお滝。彼の手に血が付いていることに気づく。七之助は人殺しをしたのではないか。そこへお角が「寒い寒い」と言いながら帰ってくる。七之助が出ようとすると、表から「御用だ、御用だ」との声がする。お角は七之助の手に血が付いていることに気づいていたのだ。おおかた人殺しでもしたのだろうと、役人に訴人したのだ。
 なんとか役人を払いのけ、天神坂下の千右衛門という親分の元へ逃げ込む。千右衛門は親のため、女房のため人を殺したとなれば可哀そうだと、面倒を見てくれる。奥州白河車町に多左衛門という親分がおり、千右衛門と仲が良い。ここでしばらく厄介になることになる。白河では「江戸の兄ィ」と呼ばれるようになる。8ヶ月ほどたって、多左衛門に男の子供が産まれる。夫婦は赤ん坊を実によくかわいがる。お滝もそろそろ子どもが生まれただろう。我が子の顔がみたいものだと七之助は思う。

【再び江戸へ】
 お滝やおそらく生まれている子供はどうなっているだろう。矢も盾もたまらない七之助は奥州白河を旅立って、また江戸へと向かう。懐には白河で貯めた金や餞別としてもらった金70両がある。
 浅草広小路のお滝の家へ来るが、別の名の提灯が掛かっている。なかから聞こえてくる声もお滝やお角婆さんとも違う。引越しをしたのか。向かいの煙草屋で聴いてみると、おお滝には大大名のお留守居様という旦那がいたが、身重になってどこかへ行ってしまったという。「畜生、だまされた、お滝の腹に出来たのは俺の子供ではなかった」今度出会ったら叩き斬ってやる。
 続いて、七之助は駕籠に乗り深川相川町の我が家へと向かうと、長屋はなくなっている。イモを売る甚兵衛に聞く。七之助という息子がおり、ある時訪ねてきて50両という金を置いていったが、隣家に八蔵という侍がおりその50両を盗もうとする。なんとか取り返そうと女房のおもとがしがみつくが、逆に振り払われて頭をぶつけ死んでしまったという。それから七蔵と娘のお幸は長屋の人々が面倒をみていたが、長屋が取り壊され、親子二人消えてしまったという。七之助が金を持ってきた晩、御厩河岸で殺しがあったが、ひょっとしてそこで盗んだ金なのかと七蔵は心配していた。甚兵衛さん、もし七之助に会うことがあったら悪いことをしてはならないと意見しておくれ、こういって言っていたと甚兵衛は語る。聴いて七之助は涙する。その様子をみて甚兵衛にも彼が、七蔵の息子の七之助だと分かる。
 すると向こうから御用提灯が見える。七之助のことで役人が訪ねてきたのだ。甚兵衛は七之助を匿って、彼のことなど知らないと言う。甚兵衛は、詮議が厳しいので江戸を離れた方が良いと勧める。七之助も今晩のうちに江戸を発とうと思う。

【花川戸の邂逅】
 浅草花川戸。夜も更けて辺りは寝静まっている。二階に灯りが付いている家が一軒だけある。七之助は軒下から見上げると、母親、父親が楽しそうに赤ん坊をあやしているところであろう。自分も兇状持でなければあのように楽しくいられたのに。すると、上から水のようなものをぶっ掛けられ、半纏が濡れる。二階の女に聞くと余った乳を捨てたという。半纏を洗ってもらうために家に入る。「姉さん、こういうお方でございます」、そこで巡りあったのはお滝であった。乳を掛けたのはお豊という召使であった。七之助はなぜこんなところにいるのか、お滝を問い詰める。
 「二階にいる野郎、俺はお滝の亭主の七之助だ」。出てきたのは歳の頃45〜46の人品のいい男である。吉原の中万字という女郎屋の主で喜之助であると言う。ここは店の寮でお滝と自分は何にもいやらしい仲ではない。先日山谷から船に乗り、大川橋の下を通ると、ドブンと身投げがあった。この女は身重のお滝であった。母親のお角は、身重で稼ぎにならないお滝を見限り、お滝の印形を持ち出して金を借りまくり、屋財家財を売り払い、その金を持ってどこかへ消えてしまった。どうしようもなくなったお滝は大川橋から身を投げたところを喜之助の旦那に助けられた。それから無事男の子を無事出産し、捨松と名付けた。
 七之助は喜之助に詫び、もう一、二年、お滝と子供を世話してくれるよう頼むが、夫婦は一緒に暮らすものだと言ってこれを断る。
 このままでは七之助とお滝は、今晩のうちにも役人に捕まり牢に入れられるであろう。そうすると残された子供、捨松は「あんな親の子だ」と苛められるだろう、渡る世間には鬼はないと喜之助は語る。
 七之助、お滝は赤ん坊の捨松を抱いて表にでる。すぐに七之助は、赤ん坊を捨てるという。お滝は驚くが、先ほどの喜之助の言葉は、子供を捨てたら拾ってくれるという意味であった。下女のお豊が戸を開けると赤ん坊が捨ててある。喜之助は、この子を立派に育てあげると誓うのであった。


【雪の水茶屋】
  赤ん坊を捨て、七之助とお滝は奥州・白河へと向かうつもりであった。しかし、喜之助の店の寮を出て、2、3丁離れた河岸淵の柳の木で首を吊ろうとした若侍を見つけ、助ける。これが八丁堀の与力の倅であった。この与力の計らいで今まで七之助が犯した罪について目をつぶってくれることになった。七之助とお滝は、芝の神明様の境内に「滝之屋」という水茶屋を出す。お滝の器量の良さが評判で店はたいそう繁盛する。男は邪魔だということで、七之助は広間は講釈場へ通ったりしている。
 2〜3ヶ月経った雪の降る寒い日の朝のこと。縁の下からガサガサという音がする。老婆の乞食である。雪を避けてこの縁の下へ入ったという。この女乞食は、お滝の養母であるお角婆ァであった。お角は「私は、このお滝という娘に捨てられた」「お滝の亭主は御厩河岸で侍を殺し130両を奪ったお尋ね者だ」と叫ぶ。布団をかぶっていた七之助は、お角の前に出、口をふさぐ。お角を湯屋に連れて行き、古着屋で着物を揃えて、帰って来たお角に着せる。
 これからお滝とお角2人で店に出るようになったが、喧嘩ばかりしている。すると七之助が出てきて、お滝をぶち、喧嘩をしないように諭す。最近、お角もだいぶ静かになった。
 ある日、七之助とお滝は朝から木挽町へ芝居を見にいく。お角はひとりで茶屋を開く。お滝目当てできた客2人を追い払うと、八蔵親方が店に来た。お角と八蔵が話しているうちに、八蔵は実は元は侍で、赤坂の大谷八右衛門の倅だという。これを聞いてお角は驚いた。この八蔵こそ自分の実の息子である。お角は赤坂の染物屋、市兵衛の娘として生まれた。行儀見習いのため、大谷様の屋敷に上がり、そこで殿の手がついて産まれたのが八蔵だった。それから屋敷の別当と200両を持って駆け落ちをしたが、金が無くなるとその男にも裏切られた。江戸に戻ると山王様の祭りで親にはぐれた綺麗な女の子を見つけ、連れ帰って育てた。これがお滝である。八蔵はお滝を自分のものにしたいと思うが、七之助が邪魔である。八蔵が七之助を恐れる理由が他にもあった。かつて八蔵は深川相川町の長屋で隣家の50両を盗もうとして侵入しその家の女性を殺した、その女こそ、七之助の母親だったのだ。お角にそそのかされ、2人示し合わせて七之助を亡き者にしようと企む。

【お角と八蔵の最期】
 七之助は毎月、中の巳の日に、江の島の弁天様へお参りにいく。朝早く、八蔵は茶屋を訪ねる。旅姿をした七之助をみて自分も一緒にお参りに行きたいという。その日のうちに江の島へ着き、坊へ泊って、岩屋のなかの弁天様を参拝する。隙を伺うが、七之助を襲う機会がない。2人は江の島で一番高いところまで上がる。下の渕は深そうで、ここへ落ちたら命はないという。八蔵は七之助を叩き落とす。七之助は渕のなかに沈む。
 急いで、八蔵は芝神明のお滝の元へ駆けつける。「七之助が藤沢で雲助と喧嘩して大けがをした」と騙り、お滝を連れ出す。川崎八丁畷の松並木まできて、八蔵は江の島で七之助を殺したこと、かつて七之助の母親を殺したのも自分であることを打ち明ける。お角婆ァもここまで付いてきていた。お角は八蔵が自分の実の倅であることを明かす。八蔵はお滝に自分と一緒になってくれと迫る。お滝は一時受け入れるような素振りを見せながら、「仇だ!」といって、懐から剃刀をだして、八蔵を切りつける。八蔵はお滝を斬ろうとする。「人殺し!」、お滝が叫んだところで、松の木の陰から出ていたのが七之助だった。江の島で渕へと突き落とされたものの漁師に助けてもらったのだ。七之助は、親の仇と八蔵を匕首で斬り殺す。またお角婆ァの口の中に匕首を斬り込んでこれも殺す。
 ここで丁度通り掛かったのが、七之助の母親の兄、七之助の叔父の丑右衛門であった。お滝の身をこの叔父にあずけ、七之助は3年程大坂で暮すことになる。

【化け物伊勢屋】
 3年経ってもうほとぼりも覚めただろうと、七之助は江戸に戻ることにする。品川宿の手前の茶屋で少し横になり休む。日が暮れて、荷物を預かってもらい茶屋を出る。ポツリポツリと雨が降り出し、間もなく本降りになる。女郎屋の前で雨宿りしていると、化物伊勢屋のお松という女郎に「深川の人」と声を掛けられる。どうして自分が深川の出であることを知っているのか。訝しく思いながら店に上がる。しばらく酒を飲んでいると、お松が嫌っている新橋の侍が来たという。しみったれな男で「面も見たくない、表へたたき出してくれ」とお松はいうが、七之助に諭されて相手にすることにする。隣の部屋に入ったお松と侍。お松が「憚りに行くから」というと「もう少し身共のそばにいろ」という。お松は侍をピシャッと叩いて部屋を出て行ってしまう。
 仕方なしに侍は、女の按摩を呼ぶ。侍は女按摩の身体を触ているのか「やめてください」と言われる。隣の部屋で七之助は女郎に振られたからといって女按摩に手を出すとはろくでもない奴だと思う。女按摩がいうことを聞かないと、侍は「枕さがしだ、泥棒だ」と言い出す。女按摩は「人様の物に手を出したりしない」という。七之助が部屋へ入り込む。侍に4両の金を渡し店から追い出してしまう。
 女按摩は礼を言い、身の上を語る。母親は10年程前に亡くなり、今は中気で半身不随の父親と暮らしている。按摩の稼ぎは父親の薬代であらかた無くなってしまうと語る。名前を聞くと「お幸」。自分の妹ではないか。七之助はびっくりする。自分が兄の七之助であると名乗りたいが、店の者がいる前ではそういう訳でもいかない。七之助はお幸に10両の金を渡す。こんな大金を持って帰ったら何か悪いことして手に入れた金だろうと父親に責められるという。それならばと、紙に「七之助」と名前を書いて渡す。お幸は帰っていった。
 七之助が廊下を歩いていると、お滝と出くわす。川崎の松並木で七之助の叔父さんに預けられたはずである。大坂で七之助が捕まったから、逃がすためには金が必要だと叔父さんからいわれ、この店に身を売り金を拵えたという。とんでもない叔父だ。お滝を騙して金を懐にいれたのだ。実はお滝が店の前にいる七之助の顔を見て、友達のお松に頼んで、無理に店に上げてもらったのであった。これからお滝の部屋に入り、二人積もる話をするのであった。

【南馬場の一幕】
 南番場の長屋へ戻った女按摩のお幸。この夜あったことを隠さず父親の七蔵に話す。お幸の持っていた十両もの大金に、これは盗んだ金かと一瞬思った七蔵だが、「七之助」と書かれた紙を見せられて納得する。女郎屋の大勢いる前で、大勢自分は兄だと名乗れなかった七之助の心中を察する。そのうちに七之助はこの家に来るであろう。
 火の回りの甲右衛門が大福を持ってやってきた。甲右衛門はこれまでの自身の身の上を話す。夫婦そろって両国の横山町で小間物屋を開いていたが、子供に恵まれない。八幡様に願掛けに行った帰りに、捨て子を見つけ連れて帰る。幸吉と名付け、子供はスクスク育った。11歳の時に新川新堀の鹿島屋に奉公に出したが、21歳のとき、10両の金を借りにきて、そのまま行方不明になった。幸吉がいなくなってから3度火事に遭い、女房も死んでしまったという。
 そこへ七之助が訪ねて来た。七之助と、父親の七蔵、妹のお幸、涙の対面する。七之助はすべてを語る。高輪から永代へ向かう乗合船のなか、七蔵の開いたイカサマ博打で、幸吉の有り金40両全てをだまし取った。半分だけでも返してくれという幸吉を七蔵は草履でひっぱたいた。眉間に怪我をした幸吉は七蔵の羽織の片袖を引きちぎって、永代の橋から身を投げた。たまたま船で通りかかった七之助は一旦彼を助けたが、相手のイカサマ師が七蔵であると聞いて、父親の身を考え、再び幸吉を川へ突き飛ばした。これを聞いて甲右衛門は七蔵と七之助を恨まなかった。そもそも幸吉が博打なぞに手を出したのが悪いのだ。それにこんな孝行娘のお幸ちゃんにまで祟るなんてなんてひどい倅なのだ。
 甲右衛門は、七蔵にもしものことがあったら、幸吉の代わりにお幸をくれないかと頼む。七蔵はもう思い残すことはないと言う。七之助がもうひとつ甲右衛門に聞きたいことがある。甲右衛門夫婦には幸吉を拾った後、女の子が生まれたが、その子供を山王様のお祭りで見失ってしまったという。その子はまさしくお滝であった。お滝は今は七之助の女房になって、化物伊勢屋で働いているというと、とんだ亭主をもってしまったものだと甲右衛門は呆れる。
 七蔵は水が飲みたいといって勝手まで這っていくと、出刃包丁で喉を掻っ切る。「これで安心だ」。七蔵は死に、お幸が末期の水を含ませる。。
 七之助は町奉行所へ自訴をする。伝馬町の牢に入れられるが、まもなく火事があり解き放ちになる。一番先に戻った七之助は、罪一等が減じられ、三宅島へ遠島になる。そのうちに十一代将軍家斉がご他界になった折に、恩赦になり江戸へ戻る。甲右衛門は親類に金を出して貰い、再び両国横山町に小間物屋を開く。お滝を身受けし娘として世話になっている。またお幸は養女となり、今はお琴の師匠になるため日々稽古をしている。
 七之助は、お滝とは別れ、頭を丸めて道念と名を変え諸国を回る。施しを受けた金は貧しい人たちに恵んでやる。49歳の時、近江・大津で自ら喉を突いて、冥途へ旅立つのであった。






参考口演:六代目神田伯龍

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