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講談連続物『伊勢の初旅(大岡政談・鰯屋騒動)』あらすじ

(いせのはつたび、おおおかせいだん・いわしやそうどう)




《主な登場人物》
●お民 この話の主人公。貧困のため両親が亡くなり、八百屋の平助夫婦の元に預けられる。年頃になり近所に住む弥五郎と夫婦になる。弥五郎の兄が重病になり、見舞に伊勢へと向かうが、ここから波乱万丈の物語が始まる。
●弥五郎 お民の夫。兄が重病になり、お民とともに伊勢へと旅立つ。幼馴染の喜十郎がお民に横恋慕し、彼によって毒殺されてしまう。
●徳兵衛 松阪の旅籠屋の主。夫に死なれ川に飛び込んで自害しようとしたお民を助ける。
●伊勢屋佐兵衛 江戸は芝の田町で大きな呉服店を営む。無類の女好き。徳兵衛に頼まれてお民を江戸まで送るが、その道中しつこくお民に言い寄り、ついに関係をもってしまう。
●お峰 伊勢屋佐兵衛の女房。佐兵衛は伊勢から連れてきたお民を妾にしようとするが、激しく嫉妬。佐兵衛とお民を縁切りさせる。
●金八 行き所をなくしたお民を引き取り養女にする。一芝居打って、お民を吉原に売りつける。
●若菜屋喜右衛門 吉原江戸町の遊郭の主。人がよく、なにかとお民の面倒を見てくれる。
●鰯屋七三郎 日本橋橋本町の生薬問屋の主、七兵衛の倅。堅物であったが若狭屋でお民を見初め夢中になる。二人はいつしか深い仲になる。
●茂兵衛 若菜屋喜右衛門の弟で、満月堂という懐石茶屋を営む。お民と七三郎の縁を結ぶため、喜右衛門とともに力を尽くす。
●木屋利右衛門 下谷・黒門町で質・両替商を営む金満家。お民と七三郎を結びつけるため、お民を自分の娘ということにして世話をする。

【人情八百屋】

 享保の頃、夏の暑い盛りの時分のお話。日本橋の茅場町に平助という八百屋がいる。ある日、霊岸島にナスを売りにいくと、大工の源兵衛の家では金に困っていたのかナスを8文分だけ買い求める。五六歳の子供、源次郎がナスを生のままかじり出す。源兵衛は作業場で怪我をしてから仕事が出来ないままでいるという。平助は自分の弁当を子供に食べさせて下さいと言って差し出すと、源次郎と姉のお民はガツガツと食べ出す。気の毒だと思った平助は600文の金を置いていく。平助は明日も弁当を持ってくるからと言って源兵衛宅を出る。
 それから家へ戻った平助は、女房の用意したカニを食べるが、これで食あたりになってしまい寝込んでしまった。六日経って体調も良くなり、翌日は弁当箱いっぱいにおまんまを詰め込んで、霊岸島の源兵衛宅へ来ると雨戸が閉まり、貸し家札が貼ってある。隣家の者に尋ねると、十三日の日に源兵衛と女房のお秋は死んだという。また子供二人は町内の纏持ちの頭(かしら)・鉄五郎のところで預かっているという。
 平助は鉄五郎の家へ行くと、留守でその女房がいる。事情を聞くと、あの日、平助が源兵衛の家を去ったあと、入れ替わるように強欲な質屋の近江屋の主が店賃の催促にやって来て、平助が置いていった600文を奪うようにして持って行った。生きる望みを無くした女房のお秋は首を吊って、身体の不自由な源兵衛は舌を噛み切って死んでしまったとの話である。
 今日は源兵衛とお秋の初七日で、寺に行っていた鉄五郎、それに源兵衛の二人の子供が帰って来た。鉄五郎の話では、先日は、怒った鉄五郎が近江屋の店に殴り込みに行くと、普段から彼を憎んでいたみんなでもって家を中を滅茶苦茶にしてしまう。さらに町奉行も味方につけて近江屋から葬式代として十両の金をせしめたという。
 平助夫婦には子供がいない。この後、遺された二人の子供、お民と源次郎はそろって平助が引き取ることになった。

【お民と弥五郎】

 それから年月は経ち、お民と源次郎は元気に成長する。お民は「八百屋小町」と呼ばれるほどの評判の美人で、店も繁盛する。年頃になり、平助夫婦は隣に住む、竹馬担ぎの弥五郎と縁付かせようと考える。弥五郎はしっかり者かつよく働く若者で、伊勢の山田(やまだ)の出身で、一人で江戸へ出て商売をしている。平助は弥五郎にお民を嫁に貰ってくれと頼むが、弥五郎としては願ったり叶ったりである。また平助の女房はお民に尋ねるが、お民としても願ったり叶ったりである。こうしてお民と弥五郎は夫婦になる。この2人が実に仲が良い。こうして2年ほど経ったある日、伊勢の山田から早飛脚で手紙が届く。弥五郎の兄である弥太郎が重い病気でもう助からない、忌の際に弟の顔見たいと言っているという。たった一人の兄であるからどうしても会いたい。平助とも相談のうえ、弥五郎とお民2人は伊勢へと旅立つ。

【弥五郎毒殺】

 弥五郎とお民は、伊勢山田妙見町の兄、弥太郎の家に着く。到着して3日目に弥太郎はこの世を去る。弥太郎は妻はすでに亡くなっており、子供もいない。弟の弥五郎が葬式を出し、店の後片付けをする。弥五郎は江戸の平助夫婦に、お民の弟である源次郎とともに伊勢まで出て来ないかと手紙を出すが返事は来ない。
 伊勢の御師(おし)で岡田善太夫という者がいる。御師とは伊勢神宮に仕える宮侍のことで、由緒のある家柄である。この善太夫の倅の喜十郎が弥五郎の幼友達である。弥五郎が江戸から帰って来たという話を聞いて、家を訪ねて来た。喜十郎はお民の姿を見て、その美しさに一目ぼれする。それからしばしば弥五郎の元に通い、お民を我がものにしたいと考えるようになる。ある日、喜十郎は弥五郎を有明楼という料理屋へ連れ出し、2人で酒を飲む。喜十郎は弥五郎の酒に密かに毒を入れる。すっかり酒に酔い家に戻った弥五郎は、夜中苦しみだし、口から血を吐いて死んでしまう。深酒で急病を起こしたと医者は見立てをした。
 何日かして喜十郎がお民の元を訪ねる。喜十郎は自分が酒に毒を入れて弥五郎を毒殺したことを打ち明け、それほどまでにお民のことを想っているのだ、夫婦になってくれと迫る。お民は喜十郎を受け入れるようにふりをして床に誘い出し、寝ている喜十郎の喉にめがけて刀で刺す。致命傷とはならず、喜十郎は七転八倒の苦しみである。お民は夫の仇討ちをした、これから宮川へ飛び込んで自害する覚悟であるとの書き置きを認める。

【徳兵衛の助命】

 夜中、橋の上から宮川へ入水自殺しようとするお民。飛び込もうという瞬間助けたのが、伊勢松坂で旅籠屋を営む吉野屋徳兵衛という男であった。お民は事情を話す。気の毒に思った徳兵衛は松坂の自分の旅籠までお民を連れていき、徳兵衛夫婦がお民を世話をすることになる。一方翌朝、お民の家では血まみれになって苦しんでいる喜十郎と書き置きが発見される。宮川まで行ってみるが、すでにお民の姿はない。もう飛び込んだ後で流されてしまったものだと判断される。世話人の考えで、御師の倅への仇討ちとは伊勢の街の恥になるので、奉行には訴えないことにして、内密に事を済ませることにする。喜十郎は父親である善太夫が引き取り、医者が手当てをする。
 松坂の徳兵衛は、お民の仇討ちについて内密に済ませることになったと聞きだす。今さらお民が出て行っても面倒なことになるだろう。お民はそのうちに江戸の両親の元に帰そうと考え、それまでの間お民は旅籠屋の手伝いをするが、大変な美人で付近の評判になり、店には客が詰めかける。吉野家の常連客で、江戸・芝田町三丁目にて大きな呉服屋を営む伊勢屋佐兵衛という者がいる。木綿を仕入れるため伊勢の松阪に来ている。この佐兵衛が無類の女好きで、給仕に出たお民にたちまち夢中になるが、それを徳兵衛は見抜けなかった。徳兵衛は佐兵衛に事情を話し、お民を江戸へ連れてってもらえないかと頼む。佐兵衛にすれば願ったり叶ったりである。翌朝、佐兵衛とお民は江戸に向けて出立する。

【佐兵衛との縁切り】

 松阪から江戸へと向かう伊勢屋佐兵衛とお民。女好きの佐兵衛はお民にしつこく言い寄る。伊勢からも江戸からも遠い浜松で、お民は頼るべき人も無く、佐兵衛に捨てられてはどうしようもない。お民は仕方なしに佐兵衛に肌を許す。それからは泊まる宿、泊まる宿お民は佐兵衛の相手をさせられる。
 佐兵衛は江戸の芝・田町三丁目の伊勢屋に戻り、お民は店に出入りしている新道のお針のお夏の家に預けられる。4〜5日の間に妾宅を探そうという算段である。その間にも毎日佐兵衛はお夏の家に赴きお民に迫る。大変に焼きもち焼きの佐兵衛の女房、お峰が不審に思い、寅吉という小僧に跡を付けさせ佐兵衛の様子を探る。寅吉の話を聞いて怒ったお峰は、お夏の家に押し掛け事情を聞く。家に戻ったお峰は佐兵衛に無理やり離縁状を書かせる。翌日、お峰は2両の手切れ金を持って、お夏の家のお民に離縁状を渡し、縁切りをさせる。

【金八と伊兵衛】

 お夏としてもいつまでもお民の面倒をみている訳にもいかない。そこへやってきたのが、常陸屋金八というチンピラである。お夏は金八に、お民の実家である茅場町の平助一家がどうなっているか見に行かせる。見ると辺りは丸焼けで、方々尋ねても、平助と八百屋がどこへいったかも分からない。田町まで戻る途中、金八は甲州屋伊兵衛に出会い酒を飲む。伊兵衛の入れ知恵でお民を使って金儲けすることを考える。お夏の家に戻った金八は茅場町近辺が火事で丸焼けになって、平助一家の行方が分からないと告げる。さらに金八がお民の世話をしようといい、養女として引き取る。
 11月になって伊兵衛が金八宅を訪れ、貸した30両を返せと迫る。返せ返せないで2人は殴り合いの喧嘩になる。お民は間に入って2人の喧嘩を止める。けなげなお民は自ら吉原に身を売って30両の金を拵えるという。これは実はこうなるだろうとすべて伊兵衛と金八が仕組んだことだった。お民は吉原江戸町一丁目の若菜屋喜右衛門が買い受けることになる。

【お民の身請け】

 九重という源氏名で店に出ることになったお民。しかし初めて店に出る日の直前に急病になってしまった。年が明けて1月15日、初見世となる。初めての客になったのが、日本橋本町の薬種問屋、鰯屋(いわしや)七兵衛の倅、22歳になる七三郎である。大変な美男で、勉学ばかりに励み、女の肌に触れたことはないという堅物である。この日、小僧の長吉を連れて浅草の観音様へ参詣に行く途中、出入りの髪結の磯吉と出会う。磯吉の誘いで、七三郎は吉原江戸町へと行き若菜屋へあがる。一目みるなり七三郎はお民に夢中になる。お民も七三郎に惚れた。それから何日も七三郎は店に居続けをする。
 鰯屋の方では七三郎が何日も帰らない、居所も分からないということで大騒ぎである。そこへやってきたのが髪結の磯吉で、彼なら知っているだろうと問い詰めると、吉原江戸町の若菜屋にいることを白状する。番頭の藤兵衛が若菜屋に赴き、支払いをして七三郎を連れ戻す。鰯屋に戻った七三郎は父親から説教を受けるが、心の中はお民のことでいっぱいである。帳場に座った七三郎は店の金200両をネコババして吉原の若菜屋に向かう。人の良い若菜屋喜右衛門はお民を65両で身請けさせてくれると言う。喜兵衛の勧めがあって、彼の弟で根岸・お行の松で懐石茶屋の満月堂を営む茂兵衛の元で、七三郎とお民は世話を受けることになる。

【七三郎の勘当】

 鰯屋七兵衛は、店の金を勝手に持ちだすような者にこの身上を譲ることは出来ないと、倅の七三郎を勘当にする。七三郎はお民とともに大坂の親類の元に身を寄せて夫婦にしてもらおうと考えている。七三郎に惚れているお民としても異存はない。しかし2人の世話をしている茂兵衛は、鰯屋の主人はやはり一人息子である七三郎に店を継がせ、早く孫の顔を見たいと思っているだろうと考える。七三郎は鰯屋に戻った方が良い。そこで茂兵衛は一計を案じ、七三郎とお民には半年ほどは会えなくなるが、その間は我慢してくれと言う。茂兵衛は七三郎に乞食の格好に扮装させる。七三郎は四ツ(夜10時頃)鰯屋の前にある番頭の藤兵衛の家に現れる。藤兵衛には、七三郎は店の金を持ちだして、吉原の女を身請けして上方へ向かっていたが、途中中山道で賊に金も女も盗られてしまった、這う這うの体で江戸へ戻って来たと説明する。忠義の番頭、藤兵衛は若旦那の哀れな姿に涙しながらも、冷たく突き放す。七三郎が首を括ろうとすると、驚いた藤兵衛は許してください、私が旦那様にお詫びをいたしますと言う。藤兵衛が七兵衛に話すと、涙を流して喜ぶ。勘当は許され、七三郎は鰯屋の店に戻った。

【お民の嫁入り】

 下谷・黒門町の質・両替商、木屋利右衛門は下谷一の金満家で、満月堂の茂兵衛を大変に気に入っている。茂兵衛は利右衛門に鰯屋の若旦那のことを話し、協力してもらいたいと言うと、2人を幸せにしたいという男気に感心し、利右衛門は承知をした。利右衛門にはお花という17歳になる娘がいるが、お民をお花と姉妹同様に世話することになる。お茶、お花、歌、俳諧と女一通りのことを教えるが、お民はこれらを良く覚える。お民、お花が並んで歩くとその美しさに付近の評判になる。
 一方鰯屋の七三郎は真面目に仕事に取り組む。半年経ってもう大丈夫だろうと主人の七兵衛と番頭の藤兵衛は、七三郎を使いに出し、浅草の寺にご普請金50両を届けさせることにする。店を出た七三郎は満月堂に行ってお民を連れ出し上方に行こうと考える。満月堂では茂兵衛から、お民が下谷の木屋利右衛門の世話になっていることを知らされる。ここで茂兵衛は一計を案じる。50両の金は七三郎から茂兵衛に、さらにお民に渡される。七三郎は店に帰り、駒形で喧嘩があってその最中に金を落としてしまったと報告する。しばらくしてお民がその金を拾ったと言って、鰯屋の店に赴く。主人の七兵衛はお民の美しさに見惚れて、是非、七三郎の嫁に迎えたいと思う。翌日、七兵衛は木屋利右衛門方を訪れ、金を届けてくれた礼をいう。数日たって七三郎とお民の縁談を持ち掛け、晴れて2人は結ばれる。もともと惚れ合っていたので、2人の仲は睦まじい。
 お民が気になっていたのは、養い親である平助夫婦と弟の源次郎のことである。茂兵衛が調べると、湯島天神男坂下におり、母親は亡くなって、平助は中気になり、源次郎が青菜を売って生計を立てていることが分かった。茂兵衛の計らいで、満月堂で晴れて親子 兄弟の再会を果たす。この後、七三郎が金を出して源次郎に商売をさせる。しかしお民は木屋利右衛門の娘ということになっているので、事実を表に出すことはできない。

【大団円】

 お民を吉原に売りつけた常陸屋金八はしばらく上方に行っていたが、金がなくなり江戸へ戻ってくる。兄貴分の甲州屋伊兵衛に相談すると、吉原の若菜屋にいるお民から金を無心したらどうかと言われる。金八が若菜屋へ行くと、満月堂の茂兵衛が身請けしたと知らされる。金八は満月堂に赴くが袋叩きにされる。
 翌年3月、金八と伊兵衛は花見客でにぎわう向島で、お民を見つける。そっと後を付けると日本橋の薬種問屋、鰯屋に嫁いだことが分かった。2人は鰯屋へ押しかけ、金八は自分がお民の養父で、吉原の遊郭に売ったことを話す。お民は鰯屋を逃げ出し、満月堂の茂兵衛を頼る。茂兵衛は奉行所に訴え出る。
 南町奉行所では大岡越前守のお裁きである。金八と伊兵衛は、お民を騙して吉原に売り、その金をネコババしたことを白状し、2人は牢に入れられる。田町三丁目の呉服商、伊勢屋佐兵衛の女房であるお峰は、お民に十分な手当てを与えなかった廉を問われ、手錠封印の刑に処せられる。越前守は茂兵衛からお民の身の上について尋ねる。お民の実の両親に冷酷な仕打ちをした霊岸島の質・両替商の近江屋七兵衛は、八丈島に遠島になり、4千両の財産は取り上げられる。お民の命を助けた松阪の旅籠の主の吉野屋徳兵衛、お民の両親が亡くなったあと面倒を見た鉄五郎、お民の養父である平助、満月堂の茂兵衛には近江屋から取り上げた金からそれぞれ千両が与えられる。
 八百屋の平助の元にお民はいったん引き取られ、弟の源次郎は本郷に乾物屋の店を開く。鰯屋では改めてお民を嫁に迎え、婚礼ということになる。夫婦の間には子供も出来、末永く幸せに暮らしたという。




参考口演:六代目神田伯龍

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