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『宇都宮重兵衛』あらすじ

(うとみやじゅうべえ)



【解説】
 吉良上野介に仇討ちをし、主君の浅野内匠頭の無念を晴らそうと心に決めている元・城代家老の大石内蔵助。しかし吉良方の警備・警戒も厳重である。仇討ちを成功させるためには吉良方を油断させなければならない。仇討ちの意志などないと見せかけて、大石は京都で酒に女と遊び呆けて暮らす。そんな様を見て、周りの者たちはあきれ果てる。しかしただ一人、松平薩摩守の家臣で宇都宮(うとみや)重兵衛という者だけは、「あれほど見事なお方はいない」と褒めちぎるのであった…。

【あらすじ】
 元禄14年3月14日、播州赤穂の城主、浅野内匠頭(たくみのかみ)は積もる遺恨から、吉良上野介(こうずけのすけ)に刃傷に及ぶ。内匠頭は即日切腹、浅野家はお取り潰し。赤穂藩の城代家老、大石内蔵助(くらのすけ)ら赤穂の浪士は主君の無念を晴らすため、上野介への仇討を誓う。しかし吉良上野介の方の警固も厳重である。そこで大石は京の都に近い山科の地に居を構え、年中遊び呆けて暮らし、吉良側を油断させようとする。大石は田地田畑を買ってこれを小作人に貸し付けて利益を得る。また金を高利で貸して暴利をむさぼる。さらには伏見、墨染、撞木町、あるいは足を延ばして、祇園、島原で芸妓をあげドンチャン騒ぎをする。酒狂いに女狂い。付いたあだ名は「犬侍」「畜生侍」「浮世大尽」。周りの者たちはあれでも武士かと眉をひそめるが、これは吉良に対する仇討の意思がまったく無いと思わせるための大石の計略である。
 松平薩摩守の家臣で、宇都宮(うとみや)重兵衛という者がいる。周囲の者たちは彼のことを「大石狂い」だと言う。人々はさんざんに大石の悪口を言い嘲笑するが、宇都宮重兵衛はそうは思わない。自分は大石殿の本心を見抜いている、実は大石殿は心中で主君・浅野内匠頭の仇を討つつもりなのだ、あれほど見事な人物はいない、秦の豫譲(よじょう)にも並ぶ人物だと固く信じている。あれほど忠義な者はいないと方々で誉めそやすが、そんな宇都宮重兵衛のことを若い侍たちは「大石狂い」だと言ってからかう。若い侍たちが、今日も大石は昼間から酒を浴びるほど飲んで、往来の真ん中で高イビキをかいて寝ていたと馬鹿にするが、宇都宮重兵衛は相変わらず「お前たちは大石殿の魂を見抜いていない。あれほど見事なお方はいない」と褒めちぎる。
 このような人物がいると大石の耳にも届いていた。自分は主君の仇討するつもりなど微塵もないと欺かなければならない、困ったことだと思う。
 ある日のこと、大石内蔵助は今日も昼間から酒を飲み、田んぼの中の道をフラフラと歩いている。そこで馬を連れた一人の馬子と行き会う。大石は道を譲れというが、馬子はお前のような犬侍に譲る必要はないと言葉を返す。「邪魔だ、邪魔だ、どけ!」、馬子は大石の肩をドンと突く。酔っている大石はフラフラっと傍らの田んぼに落ち、ズブズブと足を踏み込む。「お前のような奴は田んぼの中で寝ていな」、馬子は高笑いしながら去っていく。大石はなんとか田んぼから足を抜き、往来へと戻る。そのまままたイビキをかいて寝てしまう。
 この馬子との騒ぎを向こうの方から聞きつけている者がいた。宇都宮重兵衛と中間の千助である。馬子と諍いを起こし田んぼに突き落とされる。なんとか這い上がったものの、また道の真ん中で寝てしまう。宇都宮重兵衛は大石に近寄って声を掛ける。「私は松平薩摩守の藩士、宇都宮重兵衛と申します。なにかお言葉を頂きたい」。しかし大石は目が覚めない。「大石殿、お目覚めくださいませ」大声で叫んでも、さらに身体を揺すっても起きない。うっとうしくなった大石はゴロリと寝返りを打つ。すると片足がドブに入り、宇都宮重兵衛の着物に泥水が掛かる。「これは有り難い。大石殿に泥水を掛けていただけるとは。この羽織・袴は子々孫々、家の宝にいたします」。
 宇都宮重兵衛は、中間の千助に語る。ここに大石殿の刀がある。この刀はおそらく錆びている。武士は刀と脇差とを差している、刀は「主君」であり脇差は「己(おのれ)」だ。刀である主君が切腹になり錆びてしまっても、なおも忠義の心は変わらないと腰に差しているのだ。宇都宮重兵衛はこう語り、大石の刀を抜くとなるほど、確かに真っ赤に錆びている。千助も旦那様のいう通りだと感心する。さらに宇都宮重兵衛は話す。脇差とはすなわち己だ。主君が錆びてしまっても、己の忠義の心はなおも光り輝いている、この脇差も煌々(こうこう)と輝いているだろう。こう言って宇都宮重兵衛は大石の脇差を抜こうとするが、なかなか抜けない。無理やりに引っこ抜くと、なんと見事な赤イワシ。真っ赤っ赤に錆びている。
 宇都宮重兵衛は激昂する。「この犬侍め、己の身まで錆びているとは」。大石を足蹴にする。このような心の底から腐りきった者を買いかぶっていた自分が恥ずかしい。「お前のような犬侍は斬り捨ててやる」。大石の目を覚まそうとするが、それでも起きない。寝ている者を斬るのでは死人を斬るのと同じだ、貴様のような奴の顔は二度と見たくない。宇都宮重兵衛は、大石の顔に痰唾を吐きかけ、駕籠に乗り立ち去っていく。
 薄目を開けた大石は辺りに人がいないのを確認してむっくり起き上がり、着座する。去っていった宇都宮重兵衛の方を向いて、「この大石を許してくだされ」とつぶやき、深々と礼をする。そして「あの宇都宮重兵衛まで騙せたのなら大丈夫だろう」と思いながらニヤリと笑うのであった。




参考口演:一龍斎貞寿

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