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『赤穂義士伝〜楠屋勢揃い』あらすじ

(あこうぎしでん〜くすやせいぞろい)



【解説】
 元禄15年12月14日、いよいよ夜の吉良邸討ち入りを目前に控え、浪士一同が両国橋近くの楠屋という蕎麦屋の2階に集結する。しかし討ち入りの件は秘密にしなければならない。堀部安兵衛は楠屋の主人に「火消し仲間の酒盛りだ」と言ってごまかす。しかし次々と現れる浪士の姿に主人は疑問を持ち、そのこじつけに安兵衛は右往左往する。討ち入りという山場を前に、その緊張をほぐすためかコミカルに描かれる場面である。

【あらすじ】
 元禄14年3月14日、殿中松の廊下にて積もる遺恨から播州赤穂の城主、浅野内匠頭(たくみのかみ)が吉良上野介(きらこうずけのすけ)に対して刃傷に及ぶ。内匠頭は田村右京太夫の屋敷で即日切腹。赤穂藩浅野家5万3千石は断絶となるが、城代家老であった大石内蔵助(くらのすけ)ら四十余人の浪士は吉良への仇討を誓い、追々江戸へと出て来る。1年10ヶ月の苦心が実り、元禄15年12月14日が吉良邸討ち入りの日と決まる。そうなると吉良邸近くに待ち合わせし、仕度をする場所を設けなくてはならない。浪士の一人、堀部安兵衛は八百屋となって吉良邸の様子を探っていた。吉良邸の近く、小泉町の角の楠屋(くすや)という蕎麦屋の2階に広間がある。そこに目を付けた安兵衛はこの2階の部屋を借りようと楠屋へとやってきて主人と話す。
 「14日の夕方から2階を貸してくれないでしょうか」「何に使うんだい」「実は今度、加賀様のお手子(火消し)になりまして、14日の日に仲間を集めて酒盛りをしたいと思います」「それは結構だ、お前さんの出世のために使ってくれるなら大歓迎だ」、楠屋の主人はここまで言ったが疑問に思う。「両国橋を渡ったこんな遠くでなくとも、加賀様と言えば本郷近辺でも店はいくらでもあるだろう」、安兵衛は「しまった」と思う。「重役方から派手なことをしてはいけないとお達しが出てまして、そこで川向こうのこの店を選びました」ととっさに嘘を取り繕う。「14日に『天野屋』と銘の入った荷物が届くと思いますが、2階に運んでおいてください」。こう頼んで、石町鐘撞堂(かねつきどう)新道にある内蔵助の元を訪れ、一部始終を話す。
 こうして14日になると、安兵衛の衣類は改まっている。黒羽二重五つ所紋の衣類、仙台平の袴(はかま)、大小を腰に手挟み雨合羽を身にまとって楠屋を訪れる。楠屋の主人は驚く。頭(つむり)の髪の形は火消しのものではなくまるで侍のようだ、主人は言うが、髪結い処で勘違いをされたと安兵衛はごまかす。安兵衛がチビリチビリと酒を飲んでいると一人二人と浪士たちが集まってくる。内蔵助からは目立つので三人以上連れ立って歩いてはいけないというお達しが出ている。「安さん、今あがった方はなんだい」「加賀様のお手子です」「火消しだというのにずいぶん立派な方だなァ」、楠屋はなんとなく不思議に思う。「今、上がっていった人は刀を差していたように思うが、加賀様のお手子ってのは刀を身に付けるのかい」、またも安兵衛は「しまった」と思う。「ご存じないでしょうが、加賀様ではお役に付いて1年経つと15石ずつ頂けるのです。何年かたつとお禄も貰え、刀を差すことも出来るのです」。「ごめん」と言ってまた一人2階にあがる。こんどの方は坊主だ。加賀様のお手子にはお坊さんはいるのか。村松喜兵衛、この人は按摩になって吉良の様子を探っていた。またも安兵衛は弱る。「あの方は医者です」、こう言ってなんとかごまかす。
 今度は見るからに立派な方だ。城代家老の大石内蔵助と倅の主税(ちから)であった。楠屋の主人に、重々しい言葉で丁寧に挨拶をする。「安さん、今度は?」「あの方はお手子仲間の総元締めです」「そうだろうねェ」、今日一番の親玉であるか、主人は妙に感心する。
 浪士はすべて集まり、これから酒盛りである。大高源吾は1階の降り小用を足す。ひょいと帳場を覗くと、楠屋の主人は当時江戸で流行っていた「冠付(かむりづけ:雑俳の一種)」を考えている。一番になると宗匠から醤油樽を2本貰えるという。主人の考えたのが「なんのその いい面(つら)の皮 鯉の滝登り」である。子葉という俳号を持つ大高源吾がその意味を聞いてもさっぱり分からない。大高源吾は紙を借り、見事な手蹟で「なんのその 岩をも通す 桑の弓、子葉」と認める。その昔、唐(もろこし)に狩りの好きな王がいた。ある日この王が虎に食べられてしまう。王子は親の仇を討つため弓を携え虎を探す。虎を見つけて矢を放ち見事命中する。よく見るとこれが虎によく似た岩であった。この故事から引いた句である。主人は「ついでに私のと一緒に出しておきます」と言う。この句が一番になった。宗匠は主人に「本当にあなたが考えたのですか、意味は分かりますか」と尋ねる。「分かりますよ、唐に狩りの好きな王様がいた。ある日この王様が“熊”に食べられてしまった」、話す事が目茶目茶である。
 槍の使い手である前原伊助は階段の下り口に向けて、「エイッ」と槍をしごいている。楠屋の主人は蒸籠を積み上げて蕎麦を2階に運ぶ。階段を登り切ったところで、キラリと光るものがある。主人は驚いてガラガラガラと階段を転げ落ちる。主人は女房に話す。あれはお手子の集まりなどではない。刀や槍をビュンビュン振り回している。泥棒連中がこの雪の降る日にどこかに押し込もうとしているのだ。夫婦がブルブル震えていると、堀部安兵衛が2階から降りてくる。「実は我ら赤穂浪士。今宵吉良の屋敷に討ち入ります」、こう言って金子5両を差し出し、初めて自らの本名、堀部安兵衛武庸(たけつね)を明かす。楠屋の主人は「安さん」と気安く呼んでいたことを詫びる。
 物見役の木村岡右衛門が帰ってきた。吉良の屋敷では茶会が終わり、今寝入ったところだと告げる。「おのおの方、ご仕度はよろしいか」、大石内蔵助の合図で浪士一同は梯子を降り、楠屋の店を出る。ザク、ザク、雪を踏みしめこれから本所松坂町の吉良邸に向かう。




参考口演:一龍斎貞弥

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