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『寛政力士伝〜橋場の長吉』あらすじ

(かんせいりきしでん〜はしばのちょうきち)



【解説】
 「谷風と橋場の長吉」という演題も使われる。「谷風七善根の内」のうちの一つとされる。売り出し中の人入れ稼業の親分「橋場の長吉」は、土俵の前を横切ろうとする。そこに横綱の谷風が現れて土俵に上がろうとし、長吉は突き飛ばされる。恥をかかされた長吉は子分にも妻、母親にもなじられる。そこで家を出て柳橋の船宿の2階に居候した長吉。ある時この船宿に谷風が訪れて船を出してもらいたいと言う…。

【あらすじ】
 相撲が最も盛んだったのは天明から寛政にかけての頃であった。初代の横綱とされるのが谷風梶之助(たにかぜかじのすけ)という人である。この谷風をはじめとして小野川喜三郎、雷電為右衛門などがそうそうたる力士がこの時代に活躍した。
 天明2年5月、蔵前八幡での夏場所、五日目のことである。谷風の相手は八角政右エ門 である。この八角は立ち上がりが大変に早い。ことによったら今日は谷風は負けるのではないか。お客は興味津々である。まもなく谷風の横綱土俵入りが始まるという時に入ってきたのは橋場の長吉である。元は橋場の竹屋の渡しの船頭だったが、今は方々の大名屋敷を相手に人入れ稼業をしている。なので常時15〜16人、人を抱えている。今では「親分」「兄ィ」なんと言われ売り出し中の男である。
 東の桟敷にいたのが兄弟分の鳥越の宇吉という男。「おう、橋場の兄弟、こっちへ来ねえ」。谷風が土俵に上がる寸前、長吉はその前を通り抜けようとした。力士にとって「前を切る」というのはひじょうに嫌なものである。「おれえ、これから土俵に上がるところだ。目を剥いて歩かんかい」、谷風は長吉の首筋をちょいと突く。「ちょい」といっても天下の横綱である。長吉は5〜6間向こうへ突き飛ばされる。見物客は「ざまあみろ」と笑い声をあげる。長吉はみっともなくていられない。スゴスゴとその場を出ていく。
 家へ戻ると、女房のお政、一人息子の太吉がいる。お政が「顔の色が悪いけどどうしたの」と聞く。長吉は酒を飲む。「あの人中で突き飛ばさなくてもいいじゃァないか」と事情を話す。そこへ子分の5〜6人が入ってきて、谷風に恥をかかされた長吉の元を離れたいという。長吉も承知して縁切りの盃を交わす。こうなれば赤の他人だと元の子分たちは声をあげる。俺たちもあの場にいた。谷風のどてっ腹に穴をあけると言えば、自分たちも助けにあがった。それをスゴスゴと引き揚げやがって、意気地のない奴だ。こう言って去っていく。お政もどうして逃げてきたんだと責める。長吉は谷風のところに斬りこむ覚悟だと告げ、お政は後のことは任せてくれと言う。「子供とおっかさんの事は頼んだぜ」、夫婦別れの盃を交わしていると、いないと思っていた母親が出て来た。「立派に仕返ししておくれよ」、これから長吉は家を出ていく。
 柳橋の船宿で武蔵屋鉄五郎という長吉の弟分がいる。ここを訪ねた長吉。しばらく武蔵屋の2階で厄介になる。毎日ここでゴロゴロしている。ある日ここを訪ねたのが横綱の谷風で、深川の白瀬まで船を出してもらいたいと言う。これを2階で聞いていた長吉は、船頭の留(とめ)という男に2分の金をやるからこの仕事を引き受けさせてくれという。女将も承知した。谷風は長吉の顔をすっかり忘れており、「よろしく頼みます」と言う。
 船は柳橋を出て大川へ、両国橋をくぐって大橋、やがて永代橋へと来る。「おい若い衆さん、わしは深川の白瀬へいくのじゃが」、「どこに行こうとこっちの勝手だ」、船は沖へ沖へと出ていく。「おい、忘れたか、おれはお前に恥をかかされた橋場の長吉だ。覚悟をしやがれ」、懐に隠しておいた匕首(あいくち)を取り出して谷風めがけて斬ってかかる。谷風は左の手でこれを掴み、右の手で胸をぐっと押さえる。谷風は思い出した。それがもとで男が廃ったとは気の毒なことだ、しかし自分が死んだら長吉も死なないわけにはいかない。そうなれば妻子も嘆くだろう。長吉親分を元の身体に戻してやる、自分は長吉の弟分になると言う。こうして2人は兄弟分の約束をする。
 船を返して深川の白瀬へと到着した。谷風は橋場の長吉のことを兄貴だという。長吉は座敷に呼ばれたいそうなもてなしを受ける。家に帰って話すと母親もお政も大喜びである。
 ある時のこと。橋場の長吉が大名の中間部屋で遊んでいると、谷風がヌッと入ってきた。長吉のことを兄貴だという。長吉は100両の金を置いていけと言い、さらに肩を谷風に揉ませる。その場にいた連中が驚いて、あちこちで言いふらす。天下の横綱を弟分にしたということで、長吉の名はあがる。その後、長吉は気質(かたぎ)に戻り、谷風の後ろ盾で「橋場屋」という名の米屋を出して、大層繁盛したという。




参考口演:一龍斎貞水

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