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『寛政力士伝〜三人相撲』あらすじ

(かんせいりきしでん〜さんにんずもう)



【解説】
 寛政年間(1789〜1801)は谷風梶之助、小野川喜三郎、雷電爲右エ門らが活躍した大相撲が最も華やかだった時代であり、この時期の逸話が多数、講談の読み物になっている。関取である稲川は大井川で雷電と出会う。雷電は小野川との戦いに勝ったが、小野川を抱えている大名の有馬様は怒って彼を出入り止めにしてしまう。雷電はお抱え大名の横暴に嫌気が差し、大坂へと向かう途中であった。雷電がいなければ江戸の観客はがっかりする。稲川は雷電と小野川が対戦しないようにする方策を考える。

【あらすじ】
 寛政年間の話。関取の稲川は2人の弟子を連れて江戸へ戻る途中で、神輿に乗り大井川を渡る。渡った先の河原では一人の大男と大勢の人足たちが喧嘩をしている。その大男は同じ関取の雷電であった。事情を聞くと足を踏んだ踏んでないの争いで、稲川は25両の金を人足たちに与えて騒ぎは落着する。もう春場所も目前だというのになぜ雷電はこんなところにいるのか。雷電は大坂に行こうと思っている。先場所で横綱の小野川と対戦したが、その勝負で雷電は勝つ。小野川の抱え主である大名の有馬様は大変に立腹し小野川を門止めにしまう。許された小野川は次場所で復帰することになったが、雷電に負ければ再び有馬様を怒らせてしまうだろう。この様な大名同士の面子の張り合いに嫌気が差した雷電は大坂へ逃れてしまおうしていたところだった。
 雷電が出なければ観客はガッカリする。小野川とは対戦しないようにするから場所には出てくれと稲川は頼み、雷電もこれを受け入れた。
 春場所が始まり6日目のこと。稲川が土俵に上がると、翌日の取り組みの組み合わせが発表され、小野川と雷電との対戦が告げられる。土俵下の雷電は驚き怒るがぐっとこらえる。すると土俵の上にいる稲川は突然仰向けになって手足をバタバタさせ苦しむ。さらに油汗を垂らしながら暴れ、行司の顔を殴りつける。稲川は下谷西町の自宅へと運ばれるが、女房のおりゅうもこの姿を見て驚いた。医者が脈を取ろうとすると稲川はこの医者を投げ飛ばしてしまう。稲川はおりょうにこの病気はにわか病だ、見舞いの者が来たら「薬を飲ませて寝かせている。病名は明日まで分からない」と告げるよう頼む。そして稲川は何枚も重ねた布団の中に入ると、厚さと重さで唸り声をあげる。親方や雷電が見舞いに訪れるが、病間の稲川の「ウーン、ウーン」という唸り声が耳に入り、おりょうの言葉だけを聞いてそのまま帰ってしまった。夜中に稲川は抱え主である佐竹の屋敷へ赴き、お暇を頂きたい、事情は明日まで聞かないで欲しいと言う。餞別として100両を受け取った稲川は、その金を女房と弟子たちに分け与える。
 翌朝、回向院では小野川と雷電の対戦が始まろうとしている。勝負が始まったと同時に「待った」という声がどこからか掛かる。すると突然、稲川が土俵に上がり込み、仰向けになって手足をバタつかせる。土俵上では関取が3人で争うことになってしまった。暴れる稲川は取り押さえられる。稲川は自分は腹を切るので、この命に免じて以後2人を対戦させないでくれと頼む。こうして小野川と雷電、2人の勝負は永のお預けになったという。



参考口演:神田菫花

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