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『笹野権三郎(笹野名槍伝)〜戸塚焼餅坂』あらすじ

(ささのごんざぶろう・ささのめいそうでん〜とつかやきもちざか)



【解説】
 連続物「笹野権三郎」(「笹野名槍伝」とも)の中ほどに当たり、前座が短く読むことも多い。笹野権三郎は大坂夏の陣で討ち死にした笹野正胤(まさたね)の遺児。和歌山で正胤の元家来、木村権太夫に育てられ、18歳になったころには槍術の名手となる。武者修行の旅に出たところ、大坂で義妹のお梅と再会。義父の権太夫が殺されたと聞かされる。そしてお梅とともに義父を殺害した種田五郎左衛門を探しに再び旅に出る…。この「戸塚焼餅坂」は仇討の旅の途中、江戸へ向かう際の話になる。

【あらすじ】
 笹野権三郎義胤(ささのごんさぶろうよしたね)の父親は、笹野権頭正胤(ささのごんのかみまさたね)という武将で、元和元年の大坂夏の陣で壮絶な討ち死にをする。もはやこれまでという時に息子の権三郎を家来の木村権太夫に託し、笹野家の再興を請う。その後、権太夫は紀州和歌山へ剣術指南番として召し抱えられ、権三郎を我が子のようにして育てる。権三郎は18歳になり、宝蔵流の管槍(くだやり)の奥義を極める。武芸修行の旅に出、大坂へたどり着く。立野小六という侠客の後ろ盾を得、町道場を開くが、そこで巡礼姿の義理の妹、お梅と出会う。お梅に尋ねると、義父の権太夫は種田五郎左衛門という者に斬り殺された、母と共に種田を探す旅に出るが、信州で母親は亡くなる、その後、お梅ひとりで大坂の地に辿り着いたと聞かされる。これを聞いて権三郎は道場をたたみ、義妹と2人仇討ちの旅に出る。途中伊勢へ参詣し、戸塚宿の幸手屋という宿屋へ泊るが、ここで権三郎は大熱を出す。1ヶ月ほどで身体は治るが、この間にゴマの灰に有り金すべて180両を盗られてしまう。5両2分の宿賃が払えず、やむなく人質として義妹を宿に置いておいて、幸手屋を出る。
 (ここまでの話)
 面体を隠すため、虚無僧姿になった権三郎が戸塚・焼餅坂を通り過ぎようとしていたところ「喧嘩だ、喧嘩だ、町人と侍の喧嘩だ」という声が聞こえる。権三郎が後をついていってみると、黒山の人だかりである。見ると町人体の男が一人の侍に向かい、しきりに頭を下げて謝っている。「勘弁ならん。武士の魂を足蹴にいたしておいて」。町人は江戸・京橋五郎兵衛町に住む魚屋の新八という。脚気になってしまい湯治に行き、帰りは馬子に伴われ馬に乗った、揺られて気持ち悪くなってしまい馬から降りようとしたところ、脇から来た侍の刀に足が当たってしまったと言う。命ばかりはお助け下さいと、必死になってペコペコ頭を下げる新八。
 見かねた権三郎は間に入って、町人風情を斬っても仕方ないだろうと侍をなだめるが、「その方の出る幕でない」と侍はかえって怒ってしまう。こうなれば仕方ない。権三郎は新八に潔く斬られてしまえという。冗談じゃない。権三郎はそれなら勝負をしなされと言う。もとより新八に勝ち目はないが、権三郎はひとつ策を授けようとなにやら彼に耳打ちする。新八は見物の百姓から天秤棒を借り、侍に対し相手になってやると言う。天秤棒を振り回しては周囲の見物が怪我をするかも知れない、周りの見物の者たちとの間隔をもっと広げようと新八は言う。侍もそれはもっともだと見物の者たちを退かせている。この間に新八はどこかへ逃げてしまった。「魚屋に騙された、馬鹿だねェ」と見物の連中はさんざんに笑う。侍は顔を真っ赤にして悔しがる。尺八の音がする。先ほどの虚無僧である。お前の入れ知恵で魚屋に逃げられたと、侍と権三郎は斬り合いになるが、侍は小手を打たれて刀を落す。権三郎は侍を説き諭し、放つと這う這うの体でどこかへ逃げてしまった。
 見物たちも消え去ってしまい、誰もいない松原で権三郎は先ほどの町人、新八から声を掛けられる。新八は権三郎にどこへ行くのかと尋ねると、江戸に行くが知り合いもなく当てがないと答える。それならばと、権三郎は江戸で新八の家に居候になり、義父の仇、種田五郎左衛門を探すという話になるのだが、それはまた次回。




参考口演:一龍斎貞橘

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