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『杉山和一 苦心の管鍼(すぎやまわいち くしんのくだはり)』あらすじ




 寛永年間の話。山瀬琢一という検校は鍼打ちの名人である。麹町に屋敷を構え使用人は5人もいるというなかなかの暮らしぶりである。師走の半ばの雪の降る日の事。娘のお浪は窓の外から人が苦しむ声を聞き付ける。見ると一人の汚い身なりの男がうずくまっている。3日間何も食べておらず立ち上がる力もないという。琢一らは男に暖かい食事を与え、床に就かせる。男は元気を取り戻した。男は伊勢・安濃津から来た杉山和一という盲目の者である。琵琶法師の修行をしていたが、人の役になる仕事をしたいと常々思っていたところ、江戸の鍼医の山瀬というお方が大勢の人を助けているという評判を聞く。その山瀬先生を探してはるばる伊勢から江戸まで来たと言う。なんという偶然。私がその山瀬琢一ですよ。杉山和一は入門が許された。しかしこの和一という男はどうにも不器用で左の手が震え、鍼の腕がまったく上達しない。山瀬も見切りをつけ、国許へ帰ったらどうだと勧める。
 お浪の勧めで、江の島の弁財天を訪ねた和一。7日間の祈願をするが、なんの利益もなく、袂に石を入れて入水しようとしていた時、岩屋の番人がそれを止める。自身の身の上話をしていると、足の裏に何かが刺さる。木の葉がクルクル丸まって、その中に松葉が1本突き刺さっている。この木の葉と松葉を触っているうちに、和一は新しい鍼療治の方法を思いつく。管(くだ)に鍼を入れた器具を使うのである。江戸へ戻った和一は世話になっている長屋の大工の棟梁に頼み、細い竹の管を作ってもらう。昼は鍼の稽古をし、夜は按摩をしながら生活費を得る。最初は猫の足を治し、糊屋の婆さんを治療し、次第に評判を高める。こうして杉山流管鍼方(かんしんほう)は完成した。巷で評判の鍼医ということで、4代将軍家綱公の治療にあたり見事平癒。京へのぼって検校の位を得、将軍お抱えの鍼医となった。家綱公からなんでも望みのものを褒美に与えられることになった。和一は目をひとつ欲しい、それで上様のご尊顔を拝したいと願い出たが、さすがにそれは無理である。そこで家綱公は本所・一ツ目に3000坪という広さの屋敷を与えたという。





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