『講談るうむ』トップページへ戻る講談あらすじメニューページへ メールはこちら |


『加賀騒動〜浅尾の召し抱え』あらすじ

(かがそうどう〜あさおのめしかかえ)



【解説】
 「加賀騒動」は江戸時代に加賀藩で起こったお家騒動。加賀藩六代目藩主・前田吉徳は大槻伝蔵(おおつきでんぞう)を側近として重用する。一方で伝蔵は吉徳公の愛妾である「お貞の方」と姦通。お貞の方は男の子を産み、この子を加賀藩のお世継にしようと伝蔵らが暗躍する。この伝蔵に加担するのが、侍女の浅尾の局(つぼね)である。お家騒動というシリアスなテーマであるが、この「浅尾の召し抱え」の部分については、面白おかしく脚色されている。

【あらすじ】
 加賀藩の第五代藩主、前田吉徳公には2人の娘がいる。一人は竹姫で芸州公へ嫁いでいる。もう一人は梅姫で佐竹様への縁組が決まっている。そこでこの梅姫に武芸を習わせようということになる。そこで近習の長谷右太夫は、姫を指導する女の武芸者を探す役目を言いつかる。屋敷に戻った右太夫は若党の七蔵に話す。この暑い時季、江戸市中を歩いて人探しをするのは大変だ。そこで日中はそこらでさんざっぱら遊んで、夕方になったら見つからなかったと報告すれば良い。300両の金を預かったがどうせお上の金だ。この金を使って遊んでしまおう。
 翌日の朝から右太夫は七蔵とともに、本郷の上屋敷を出る。2人は芝居を見物したり、品川の女郎屋にあがったり、茶屋の馴染みの女と旨いものを食べたり、毎日毎日、遊んで一日を過ごす。暮れ方に上屋敷に戻り、「いまだ見つかりません」と報告する。
 享保5年の6月下旬、旧暦なのでこの時季は暑い盛りである。この日もうだるような暑さである。朝、上屋敷を出た2人、今日はどこへ行こうかと相談し、舟遊びをすることにする。柳橋の船宿で船頭を2人を雇い、芸者を2人を乗せて舟を出す。舟は大川を上り、吾妻橋で休み、次に水神の森で舟を着け、料理屋に上がって大騒ぎをする。酒・肴を積んで再び舟の乗り込み、今度は両国橋へ。右太夫はすっかり酩酊している。裸になり褌一丁になり、「なんだこりゃ、なんだこりゃ」と陽気に踊り出す。橋の上からは物見高い連中がこの様子を見物する。ここに加賀家の隠し目付、今でいう探偵のような者、矢田藤左衛門という者が両国の橋を通り掛かる。人だかりしているので見てみる。そこで一陣の風が吹き、右太夫が頭に被っていた手拭いがヒラヒラヒラと飛ぶ。右太夫と矢田藤左衛門の顔と顔が合う。これはえらいことになった。右太夫は慌てて柳橋へ舟を戻し、駕籠に乗って本郷の上屋敷へ駆けつける。しかし矢田はすでにお殿様の御前へ出て報告している。右太夫はお殿様から厳しく咎められ、女武芸者を3日の間に見つけてこい、それが出来なければ切腹をせよ申し付けられる。
 翌朝早くから、右大夫は七蔵を連れて屋敷を出、江戸市中をぐるぐる回る。しかしこの日も次の日も見つからない。いよいよ3日目、今日見つからなければ切腹である。本郷から湯島、外神田、下谷、浅草、そして両国へとやってきたが、やはり見つからない。右太夫は切腹を覚悟した。屋敷に戻ろうと昌平橋を渡り、湯島三組坂(みくみざか)までやってきた。滝乃湯という湯屋があり、二階に上がり、この辺に女の武芸者はいるかと係の者に尋ねる。すると小笠原武左衛門という先生の娘で、武芸ならなんでも出来る女性がいるという。さっそく右太夫と七蔵は武左衛門の道場を訪れる。娘のお浅が現れた。歳は25。これが身の丈5尺7寸、色は真っ黒、顔がニキビだらけ、髪は縮れ、目はサザエの蓋のよう、鼻は平らで口は大きいという女である。剣術は戸田流、槍は大島流、薙刀は静流の免許を持ち、その他柔術、馬術、弓術などなんでもこなすと言う。
 屋敷に戻った長谷右太夫は、殿に女武芸者が見つかったと報告する。器量はどうだと問われると、右太夫はモゴモゴと十人並みだと答えてごまかす。もし気に入れば夜のお相手もさせようと殿は考える。これからお浅は殿と対面する。殿は驚いた。化け物のような女である。お浅の腕前を見てみようと、木刀を持った右太夫と薙刀を手にしたお浅が試合をする。お浅の薙刀は右太夫の木刀を振り払い、宙に舞った木刀は右太夫の脳天に当たる。お浅には姫の武芸指南の役が仰せ付けられ、200石の禄を頂くことになる。
 お浅は浅尾の局となり、のちには大悪人の大槻伝蔵と通じるようになり、共に加賀藩前田家のお家乗っ取りを謀るという話になる。




参考口演:一龍斎貞水

講談るうむ(http://koudanfan.web.fc2.com/index.html
inserted by FC2 system