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『腰元彫名人 昆寛』あらすじ

(こしもとぼりめいじん こんかん)



【解説】
 江戸時代の後期の話。腰元彫りの名人で昆寛(こんかん)という者がいるが、たいへんなヘンクツ者で、「値段は高くて仕事は遅く、催促は無用」と公言する。尾張屋は紀州様にお渡しする刀の小柄を昆寛に注文していたが、例によって2ヶ月経っても出来上がらない。ある日、昆寛の住む長屋に雨漏りの修理のため大工2人が訪れる。大工2人は屋根の上で話す。「この下には昆寛という変わり者がいるそうだ」「それなら狐に半鐘ですか。狐が“コーン”で半鐘が“カーン”」。これを聞いて昆寛は何か思いついた…。

【あらすじ】
 江戸時代後期の明和から安永年間の話。腰元彫りの名人で岩本昆寛(いわもとこんかん)という者がいる。腰元彫りというのは、刀剣に施す彫刻のことである。名人ではあるが、暮らし向きは悪く、四谷・刈豆店(かいまめだな)で女房の「おかじ」と共に貧乏な生活をしている。生来のヘンクツ者で、家の表には「値は高く、仕事は遅く、注文中の催促は無用」と張り紙がしてある。
 ある春の日のこと、尾張屋の番頭が、昆寛の家に手土産でお茶っ葉を持ってくる。茶を飲もうと思った昆寛だが、尾張屋の持ってきたものなら駄目だと言う。尾張屋は紀州様との間に入り、昆寛に刀の小柄(こづか)を注文していた。しかし2ヶ月経っても出来上がらない。昆寛は催促で手土産を持ってきたのならお断りだというのだ。
 昆寛の住む長屋に雨漏りの修理のため大工2人が訪れる。ハシゴを掛けて大工2人が屋根にあがる。昆寛の家の真上で、「この家には風変わりな職人がいるんですってね」「名前は昆寛(こんかん)というそうだ」「それなら狐に半鐘ですか。狐が“コーン”で半鐘が“カーン”」。これ下で聴いてきた昆寛は馬鹿にしやがってと怒った。と、同時になにか思いついたようだ。
 長屋を出て、四谷・伝馬町の尾張屋を訪ねる。ここで主の清兵衛に2両の金を貸してくれと言う。それで小柄の仕事に取り掛かってくれるならばと、清兵衛は金を貸す。さらに昆寛は、樽に使う「タガ」、荒縄、6尺ばかり竹の棒はないかと言う。清兵衛は番頭に言い付け用意させる。これで昆寛は、火消しに使う纏(まとい)のような物を拵える。尾張屋の前では、子供が10人ばかり遊んでいる。昆寛は「ご馳走してあげるから、王子稲荷まで行かないか」と声を掛ける。昆寛は子供たちを連れて王子まで行き、参道で子供たちに「何でも好きなものを食べていいぞ」と言う。腹いっぱいになった子供たち。今度は昆寛は、身体の一番大きい子供に纏のような物を持たせ、さらに一人にはお土産物屋で買った鐘を持たせる。「あの社殿が燃えていることにしよう」。纏を振り、鐘をジャンジャン鳴らし、子供たちが社殿の火消しに取り掛かっているような体(てい)をする。昆寛は矢立てを取り出しその様子をスラスラと紙に描きとめる。日がすっかり暮れて、昆寛と子供たちは四谷に帰った。明日は汐留まで潮干狩りに行こうと昆寛は言う。これからまた金が要ると言い、昆寛はまた尾張屋から2両の金を借りた。
 翌日の朝、尾張屋の前に子供たちが集まる。昆寛にご馳走してもらったとの話を聞き付け今日は昨日より人数が多い。赤ん坊を負ぶった母親もいる。みな歩いて汐留まで行く。子供たちは潮干狩りをし、昆寛はその様子を船の上からスラスラと絵にして描きとめる。家に戻った昆寛は女房のおかじに「明日から仕事に取り掛かる」と言う。
 言葉通り、翌日から昆寛は作業部屋に籠ってセッセと仕事をする。まるで人が変わったかのようである。尾張屋は喜び、「陣中見舞いです」と言っおかじに2分の金を与える。こうして1ヶ月。ついに仕事が仕上がった。尾張屋では酒・肴を用意して昆寛を待ち受けた。尾張屋の主に出来上がった小柄を見せるが、主は困惑した顔をする。紀州様の注文は金の無垢に彫ってもらいたいというものだった。これは銅(あかがね)である。昆寛は「いくらくらいの価値がある」と尋ねるが、尾張屋の主は「二分がせいぜいです」と愕然と答える。「お願いですから、おかじさんために仕事をしてください」。、尾張屋は訴えるが、昆寛は二分を受け取らず憤然と我が家へ帰る。あれほど命を懸けて拵えたものなのに、たったの二分とは。
 家に帰ると女房のおかじは言う。紀州様からは金無垢に彫刻を施すよう注文を受けていたのに、銅に彫ったなら怒られて当たり前だ。一緒に尾張屋さんのところへ誤りに行きましょう。今度は昆寛が怒った。「三行半(みくだりはん)を書くから出ていけ」と言う。おかじも「もういやになったよ」」と家を出て行ってしまう。
 翌日、尾張屋を江戸で一番という目利きの金兵衛が訪れ、昨日昆寛が置いていった小柄を見る。「この細かい彫りは昆寛ですな」。見るとその細工は、たくさんの小狐が火消しの装束を着て纏を振り半鐘を鳴らし、お稲荷様の社の火を消そうとしている。裏を見るとその小狐たちが海で潮干狩りをしている。なるほど、昨日火消しをしたお礼で遊ばせてもらっているのだろう。これほど細かい細工は金では無理だ、銅でなければ出来ない。金兵衛はこの小柄をいくらで買い求めたかと聞く。尾張屋の主の清兵衛は2本指を出す。金兵衛は200両ですか、ならば800両でこの小柄を買わせてくださいと言う。驚いた尾張屋の主は番頭に言い付け、店を閉めてしまった。
 そこへ「こんにちは」とおかじがやってきた。昆寛が借りた4両の返済はもう少し待って貰いたいという。そこで主は昆寛の拵えた小柄を800両で買いたいという人物いると、おかじに告げる。おかじも驚いた。
 昆寛はひとりで裏長屋の土間にボンヤリと腰かけている。そこへ尾張屋の主が訪ねてきた。昨日の小柄に800両の値が付いたと伝える。「そうだろうゥ」と昆寛は当たり前だというように言う。昆寛はおかじとは離縁したと話す。尾張屋の主は、女房がいなければ何も出来ないだろう、いい縁談話を持ってきたと言う。そこで現れたのがおかじだった。「お前さん、昨日から何にも食べていないんだろう」と言って、さっそく台所で食事の用意に取り掛かる。
 昆寛が精魂込めて拵えた銅の小柄が、紀州様の手に渡る。その精緻な彫り物にすっかり感心した。千代田の城で大名たちに見せるとたちまち大評判になり、昆寛の元には注文が殺到する。今、頼んでも出来上がるのは早くて10年後だという。家の前には相変わらず「注文中の催促は無用」との張り紙が貼ってある。昆寛は今日も矢立を持って出かける。その姿を女房のおかじは見送るのであった。




参考口演:田辺いちか

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