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『木村長門守 堪忍袋(きむらながとのかみ かんにんぶくろ)』あらすじ




 木村長門守重成(しげなり)という方は豊臣秀頼公の家来で大坂方の若大将。大変に評判の良い人物だが、人間というものは評判が良すぎるとこれを妬む者がいる。お茶坊主を務める山添良寛は、長門守の評判の良い事が面白くない。なんとか恥をかかそうと思っていた。
 ある日、秀頼公の御機嫌伺を済ませ、大阪城の廊下を下がってくる長門守重成。良寛は大きな衝立の陰に隠れている。重成が衝立の前へ通りかかろうという時、良寛は小刀を廊下に放り出す。これを重成が踏んづけたら拳固で殴ってやろうという料簡だった。ところが重成は落ち着いた人で小刀の直前で足を止めこれを避けて進もうとした。これを見た良寛、刀を踏んだと言いがかりをつける。重成はいや踏んでいないと言う。良寛は重成に真剣の勝負を申し付ける。どちらが勝つにしろ負けるにしろ無駄に命を落とすようなことはしたくない重成。刀を踏んだことにして、許してくれと詫びる。良寛は頭を一発殴らせろと言う。このような者を相手に喧嘩してもつまらないので、殴って気が済むならば殴ってくれと重成は頭を差し出す。良寛は力いっぱい殴りつけるが、重成は百人力のある人物で蚊が刺したほどにも感じない。良寛は痰を吐きかけるが重成はぱっと身体をかわし、痰は庭先に落ちた。無礼者と刀の柄頭に手をかけた重成。しかし今は関東・関西の決戦を間近にした時。一人でも大切な人命を失うのは秀頼公に申し訳ないと思いなおし、そのまま城を下がった。
 これ以後、頭を殴られながらおめおめと引き下がってしまった臆病者・腰抜け侍と、人々は長門守重成の事を口悪く言う。これを耳にして憤ったのが大坂七手組の大将の一人、速水甲斐守時之。長門守重成の舅(しゅうと)である。馬を飛ばし重成の屋敷に赴いた甲斐守は、なぜあの茶坊主を斬らなかったのか、烈火のごとく怒る。重成はあの良寛のことを人ではなく蠅(ハエ)だと思っていると言う。「蠅は金冠を恐れず」。関白殿下の金冠に止まった蠅を無礼と言って斬るわけにはいかない。甲斐守は納得して帰り、会う人会う人にこの事を語る。
 三日経たないうちに、良寛は「蠅坊主」と人々から口々に言われるようになった。これを怒る良寛。いつかこの恨みを晴らしてやろうと思う。
 大坂城内にはギヤマン風呂というガラス張りの風呂がある。ある日、風呂場に入ろうとした良寛は、湯煙の中、身体を洗っている重成を見つける。これは絶好の時と重成の後ろへ廻り拳を固めポカリと殴りつける。「薄田隼人正兼相(すすきだはやとのしょうかねすけ)の頭を殴ったのは誰だ」。とんだ人違いをしてしまった良寛。薄田は生来の短気者である。風呂の中には十人おり誰が殴ったのか分からない。良寛は風呂の中の全員を殴ったらどうかと提案する。薄田は良寛が重成と間違えて自分を殴ったのだと気づき、良寛を思い切り殴る。良寛は気絶してしまった。
 気を失った良寛を介抱したのは重成だった。恩を仇で返す人間はいくらもいるが、この方は仇を恩で返してくれる。目から涙を流して今までの事を詫び、重成の家来に加えて欲しいと頼む。重成も快くこれを引き受けた。「無礼」をして家来になった事から「無礼」と書いて「むれい」、名を彦三郎と改めた。
 大坂夏の陣で元和元年五月八日、大坂城は落城したが、この前々日に長門守重成は河内国赤井畷で壮絶な討ち死にを遂げる。山添良寛改め無礼彦三郎は、敵に主人の首を渡してはならないと、長門守の首を抱えて味方の仕掛けた地雷の中に飛び込んだ。


参考口演:一龍斎貞山

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