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『赤穂義士外伝〜出世の太刀取り(あこうぎしがいでん〜しゅっせのたちとり)』あらすじ




 本所松坂町吉良邸に討ち入り、首尾よくご主君の仇を討った赤穂四十七士。浪士は毛利、細川、松平、水野監物の四家のお大名のお預かりの身になった。四国松山十五万石、松平隠岐守の中屋敷、現在は三田のイタリア大使館のある場所だが、ここにお預かりの身になったのは大石蔵之助の息子、主税(ちから)良金をはじめとして大高源吾、岡野金右衛門、不破数右衛門ら十人。十人の浪士は隠岐守の屋敷で切腹に処せられることになる。
 切腹の介錯には腕が優れていなければならない。屋敷のなかで介錯人として四人までは決まったがもう一人がなかなか見つからない。腕前が優れている者として徒歩(かち)の荒川十太夫という者が抜擢された。身分にやかましかった封建時代でも徒歩というのは最下級の武士。十太夫は堀部安兵衛と不破数右衛門、二人の切腹の介錯する事になった。
 元禄十六年二月四日、切腹の当日、いよいよ安兵衛切腹という時、安兵衛は十太夫に名前と役職とを尋ねる。十太夫は戸惑った。安兵衛は赤穂藩では馬廻り役を勤め二百石をいただいていた身分ある人物。そのような人物が自分のような身分の低い者に介錯されるのは心持が悪かろうと思ったのだ。十太夫は思わず「物頭役でござります」と偽りを言った。物頭役というのは弓や槍を預かる身分ある者の役目。そのような身分ある方に介錯して頂くのは喜ばしい事だと安兵衛は納得し、見事に切腹を成し遂げる。十太夫は、忠義のお方の最期の前で愚かな偽りをしてしまったと自責の念に駆られ、夜もろくろく眠れない。
 それからある事を思いつき、十太夫はせっせと手内職を始める。そして一年、それ相応の金が貯まる。義士切腹から一年目、誰にも見られないよう早朝に十太夫は三田の中屋敷を抜け出し、途中で衣類を着替え、訪ねたのが芝高輪萬松山泉岳寺。「某(それがし)松平隠岐守家臣物頭役を相勤めまする荒川十太夫でございます」と告げ、安兵衛へのお経料として内職で貯めた金を寺に納める。安兵衛の墓前で、十太夫は身分を偽った事を詫び、せめて本日身なりだけでも物頭役にふさわしく整えて参上したので許して貰いたいと告げる。
 屋敷に戻った十太夫。再び手内職で金を貯め、また一年が経った。泉岳寺へ向かうが、今回は用事があり時間は午後になっていた。同じ時、松平隠岐守の御目付役で松本源左衛門という人物もまた泉岳寺を訪ねていた。僧侶が「ただいま物頭役の荒川十太夫殿がお越しになっている」と言う。乱心者かと思った源左衛門。安兵衛の墓前から戻ろうかと思った十太夫は源左衛門と鉢合わせしてしまう。役職を偽っていることとその身なりを咎められ、十太夫はすべてを打ち明ける。十太夫はその場で腹を切ろうとするが、源左衛門は押しとどめる。
 源左衛門はこの事を隠岐守に伝える。翌日、十太夫は源左衛門に呼び付けられた。切腹かと思った十太夫。殿の仰せで、忠義の武士への言葉を偽りとしないよう、十太夫を今日から誠の物頭役に取り立てると聞かされ驚き、有り難涙に暮れる。  十太夫は再び安兵衛の墓前に参拝し、安兵衛の忠義のおかげで出世できた事に礼を言う。
 「だまされて心地よく咲く室の梅」


参考口演:一龍斎貞山

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