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『山内一豊の妻(やまのうちかずとよのつま)』あらすじ





 織田信長が岐阜城の主だった頃、天正二年弥生の半ば、ご城下、加納の町で開かれていた馬市。ここに一頭の駿馬を連れた二人の馬喰がいた。優れた馬なのだが買い手がつかず愚痴をこぼしあっている。この時通りかかった身なりのみすぼらしい若い侍。いい馬だと思うが、価は金三枚だと言う。貧乏な侍は買う事はできず未練を残しながら立ち去っていく。この侍は織田信長の家来で百五十貫取りの山内伊右衛門一豊である。
 家へ戻って自分の馬を見るが先ほどの馬と比べ物にならないような貧相な馬。庭先の山桜の花を見ながら自分の花はいつ咲くのかと嘆いていると、妻の千代が具合が悪いのかと心配して尋ねる。一豊はその日の出来事を話し、昔から「勇士の功は馬にあり」というが貧乏暮らし故、良い馬を買うことが出来ない、加納の町で金三枚という安くて良い馬を見つけたがそれさえ買えないと残念がっている。千代は自分の部屋から一枚の鏡を持ってくる。鏡の背に貼ってある紙をはがすと金五枚が出て来た。嫁いで来た時に、万一、山内の家に大事があった時用いるよう母親が用意してくれた金子だという。今までも貧乏暮らしのなかいつ使おうかと迷ってきたが、今日こそこの金を役に立てる時である。妻に感謝ししっかりと手を握る一豊。もし他に買い手がついては大変と加納の町へ急ぎ、馬を購入した。家へ帰って、良い馬が手に入ったと夫婦喜び合う。
 その年の秋、織田信長より桜の馬場にて馬揃いを催すとのお達しがあった。馬揃いとは家来集が馬の手入れをしっかりしているか、武具のたくわえ具合がどうか、日頃の心構えを試すものである。しかし貧乏な山内一豊は来れないであろうと人々は噂し合っている。合図の太鼓に合わせて織田家の勇将の面々、柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉らがたくましい馬に乗り堂々と乗り出してくる。もう出てくる者はなかろうと思っていた時、雄々しい姿の山内一豊が馬に乗って現れた。誰がみても本日一番の出来栄えである。馬揃いが終わると信長は一豊を御前に召し出して誉めた。一豊は馬を求めるまでの子細を話すと、信長は感心し、馬に「鏡栗毛」と名付ける。
 翌年には長篠の合戦があり、この馬のおかげで大きな戦功をあげることが出来た。これが出世の始まりとなり、後には土佐国二十四万石の大名になる。しっかり者の千代の助力もあり山内家は栄える。千代は今でも貞女の鑑として誉めそやされている。




参考口演:神田阿久鯉

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