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『塙保己一 出世競べ(はなわほきいち しゅっせくらべ)』あらすじ




 宝暦10年師走のこと。中山道の大宮宿で辰之助という者と芳太郎という者が出会う。辰之助は15歳。保己村の出身で7歳の時に目を失明。座頭、検校という位を貰いたく杖を突きながら江戸へと向かっている。芳太郎は16歳。叔父さんが偽金を使ったということで小伝馬町の牢屋に入れられ獄死。後に無実と分かるが、このことが元で公正な裁きのできる奉行になりたいと思っている。辰之助は芳太郎の世話を受けながら、共に江戸へ向かう。2人は出世競べをしようと話し別れた。
 辰之助は麹町に住む叔父の元を訪ねるが既に引っ越してしまっているという。雨も降り出し途方に暮れていると、一挺の駕籠とぶつかり怪我をする。駕籠の中の主人は手当てをすべく屋敷に連れて行く。この屋敷の殿様は内藤安芸守という2500石の旗本であり、事情を話すと辰之助の世話をいろいろとしてくれる。辰之助は四谷の網留検校の元に通い勉学に励み、教養を深めていく。
 やがて日本橋に一軒の家を借りここに住まいをする。ある日、山口屋善兵衛という者の家で施術をしていると、一人の使いが道を尋ねにやって来て、手紙に書いてある「サンズイ」に「吉」という字の場所を探しているという。そんな字は無いと思う辰之助だが、しばらく考えて「それは油町ではないか」と言う。どうして分かったか山口屋は尋ねる。手紙を書いたのは吉原のおそらくは花魁で、「油」という字が分からず他の者に聞くと「サンズイ」に「由(よし)」という字だという。これをその花魁は吉原の「吉」だと勘違いしたのだろうと辰之助は話す。山口屋は辰之助の知恵にすっかり感心する。
 辰之助の評判はますます上がり、勾当、検校と出世し、塙保己一と名を改める。水戸光圀の大日本史の編纂にも加わった。ある日、南町奉行の根岸肥後守からお察し紙が来る。奉行所から何の用だろうと思って出かける保己一。そこで現れたのは奉行は、保己一に年50石を遣わすという。声を聞いた保己一は、奉行がかつての芳太郎であると気づく。芳太郎も保己一がかつて大宮の辻堂で出会った辰之助であると分かった。2人は抱き合って涙ながらに30年ぶりの再会を喜ぶ。根岸肥後守は2500石取りとなり、奉行を17年間務め公正な裁きを行う。保己一は総検校という最も上の位になり、学者となってますます学問を深めていったという。





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