『講談るうむ』トップページへ戻る講談あらすじメニューページへ メールはこちら |


『左甚五郎 水呑みの龍(ひだりじんごろう みずのみのりゅう)』あらすじ




 三代将軍家光は上野・東叡山寛永寺に鐘楼堂を建立することになった。将軍家の菩提寺であるから立派なものを造らなければならない。東西南北、四方の欄間に龍の彫物を施すことにした。日本全国から名人を探した結果、佐野の善兵衛、大坂の吉兵衛、神田猪名川町の乱心の源太の三人が決まったがもう一人が見つからない。老中松平伊豆守は一同を集めて意見を求めると、大久保彦左衛門は、以前、江戸城内の東照神君の桜を見事接ぎ木した甚五郎という者を推挙する。彦左衛門は甚五郎に龍を彫るよう依頼する。甚五郎は今まで本物の龍というものを見たことがないからといったんは断るが、強い要請があり結局は引き受けた。
 甚五郎は江戸中の評判の龍の彫物を見て廻ったが、これは生きた龍ではなく手本にならないと思い惑うばかり。他にあてもないと上野・不忍池の弁天堂へ行く。見事な龍の彫物があるが古いもので欠けた部分がありはっきりとは分からない。龍の彫り方を教えてくださいと弁天堂へ願掛けをし、二十一日目の満願の日。弁天堂の前に石の橋が架かっている。そこを通りかかると、十五、六歳の娘が欄干から身を乗り出して池の中を覗いている。願掛けをし帰ろうとすると、先ほどの娘はまだ池の中を覗いている。娘はドボンと飛び込んだ。すると雷鳴轟き、水柱が立つとともに一匹の龍がものすごい勢いで天に向かっていく。甚五郎を起こす声。今までのことは夢だった。これで龍が彫れると弁天様の御利益を喜んだ。
 翌日から作事小屋に入り一心不乱に龍を彫る。他の三人より取り掛かるのはだいぶ遅れたが、四人同日に仕上げることが出来た。彦左衛門が作事小屋へ下検分に訪れる。三人の龍は見事な出来だが、甚五郎の彫った龍は荒々しく頭が異常に大きい。「この龍は柱に掲げてこそ真の龍になります」と甚五郎は言う。四体の龍を鐘楼堂の柱に掲げた。これを見た者たちは感嘆の声をあげる。甚五郎の彫った龍だけは本当に生きているように見える。距離がある場所より下から見上げた場合を考えて彫られていたのだ。
 それからしばらくして、寛永寺で小僧が鐘を撞いていた。すると池の方から水音がする。見ると龍が水を呑んでいる。しばらくして龍は鐘楼堂の方へ向かっていき消えた。甚五郎の彫った龍がびっしょり濡れて滴がしたたり落ちている。
 将軍家光が鐘楼堂へ訪れた。甚五郎の彫った龍の見事さに感心するが、龍が毎夜水を呑みに出かけるのは諸人に迷惑であろうと足止めを命じた。将軍の命であるからと甚五郎は龍の四足に楔を打ち込むと、龍が水を呑みに行くことはなくなった。
 この鐘楼堂の龍は、明治の戦争で焼失するまで残っていたという。





講談るうむ(http://koudanfan.web.fc2.com/index.html
inserted by FC2 system