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『太閤記 清洲城の普請工事(たいこうき きよすじょうのふしんこうじ)』あらすじ




 尾張半国を領していた織田信長。永禄2年8月、暴風雨がこの地を襲い大手門横の石垣が120間(約230m)に渡って崩落。折しも今川方が上洛の際この清洲城横を通過する予定があり、この隙を攻め込まれてはもうなす術が無い。家臣の山口九郎四郎が普請奉行となり、陣頭指揮を取って石垣の修復を勧め。また九郎四郎の父親は山口左馬之助といい、今川方の領土に隣接する鳴海城の城主である。普請工事は3ヶ月経った10月末になっても10分の1も終わらない。これは怪しいと思った木下藤吉郎。信長に対して、山口親子が今川方と密通していること、なので工事をわざと遅らせていると注進する。さらにとある策略を提案し、信長もこれを受け入れる。
 信長が鷹狩に赴く際、普請現場で足を止める。織田方の情報を今川方に渡していると山口九郎四郎を問い詰め、さらに3ヶ月経っても一向に工事が進まないことを理由に人足たち全員の命を取るとして、鉄砲隊100人に銃口を向けさせる。両手を着いて震え上がる職人たち。ここで木下藤吉郎が登場し、自分が普請奉行になって3日で工事を終わらせると言う。人足たちは命を救われ、藤吉郎に感謝した。
 藤吉郎は、120間の工事範囲を1間ずつ、120ヵ所の区域に分け、一ヵ所に6人ずつの職人を配置する。一ヵ所だけでも工事が終わらなかったら連帯責任にするとした上で、1日につき5日分の手間を払うという。翌日、朝早くから職人たちは工事に取り掛かり、2日半で普請は完了した。こうして、天下取りの第一歩を踏み出したという。





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