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出世の富くじ

(しゅっせのとみくじ)


【解説】
 一時の利欲を抑えることが、その後すべて良い結果につながるという、いかにも講談らしい話。
 年末のこと、貧乏侍の井上半次郎は金に困っている。なんとか給金の前借をするが、泥棒に巾着を盗まれた小僧に出会い、なけなしの金をやってしまう。帰りがけに湯島天神で富くじを買い求める。数日後、このくじで一番の千両が当たったと分かる。しかし女房は、なんとこの当たりくじを焼き捨てるようにと半次郎に告げるのであった…。

【あらすじ】
 話は文政五年師走の二十五日のこと。蔵前の通りを十二、三歳の小僧が急ぎ足で走っている。ドンと若い衆がぶつかってくる。小僧が気付くと一両二分の金がない。相手は巾着切りだった。「泥棒」と慌てて追いかけていくが、今度は札差から出て来た若いお侍とぶつかり倒れる。小僧は侍に事情を話すと、気の毒に思った侍は一両二分を渡し立ち去った。
 この侍は御茶ノ水の水道端に住む井上半次郎という者である。彼には女房と新太郎・千代という二人の子供がいるが、暮らし向きは悪く、妻と共に内職をしている毎日である。正月にせめて子供に晴着を着せてやりたいと、蔵前まで給金の前借りをした直後にあの小僧と出会って、なけなしの金を与えてしまったのだ。
 その帰り、半次郎は湯島の天神様へフラフラと入って来る。今日は、江戸の三富のうち天神様の富くじの日で大変な人だかりである。半次郎も思わず一枚買ってしまった。家へ戻り、金を盗まれた小僧に一両二分を与えたことを女房に話す。良い施しをすればこちらにもきっと良い事が巡ってくると、しっかり者の女房は了解する。
 数日後、夫婦二人でご飯を食べていると、富くじの当たり番号を伝える紙を売って歩く者がいる。半次郎はこれを買い求めて見てみると、先日購入した富くじは見事に一番の千両が当たっていた。「当たった、当たった」。これで贅沢が出来ると半次郎は舞い上がる。しかし、女房は贅沢をしては子供が立派な子には育たないと、富くじを捨ててしまうようにと言う。得意になっていたことを恥じた半次郎は子供のためと行燈の火に富くじをくべて焼いてしまう。二人で内職に励んで、なんとか新しい年を迎えることができた。
 一月十一日のこと。半次郎は組頭の大久保左門の家に呼ばれる。酒を酌み交わしながら大久保は次のような話をしだした。昨年の暮れの湯島天神の富くじで、いまだに一番の当たりを名乗り出る者がないと江戸で大変な評判になっている。その千両が誰に当たったか知っている者がこの江戸にいた。同心の御用聞きをしている三次というものが、とある家の中から「当たった、当たった」と騒ぐ声とその後のやり取りを聞いていた。この話が三次から上役に、上役から町奉行に、町奉行から寺社奉行へと伝わり、大久保左門の耳に入ったのだった。
 さらにこの話は老中の知るところとなり、半次郎の欲のなさにすっかり感心する。そういう心掛けのある者を埋もれさせてしまうのは惜しい。半次郎は御小人目付、八十石へとお取立てになった。その後、トントン拍子に出世し、吟味与力、二百石取りとなり、それからも熱心に仕事に務める。
 天保六年十月の中頃のこと。半次郎は御厩の渡しで向こうに渡ろうと船を待っていた。本所側から着いた船に乗っていた三十二、三歳の商人体の男が、半次郎の前を通ると小首を傾げる。この男こそ十七年前、蔵前で巾着切りに金を盗まれ、半次郎から一両二分の金を恵んでもらった者だった。二人は再会を喜び合う。その小僧だったこの男は今では「近江屋幸次郎」という立派な商家の主となっていた。半次郎は座敷へ招き入れられ、これまでのいきさつを話す。幸次郎には妻がまだなかったので、井上の娘の千代を嫁がせる。井上半次郎と近江屋幸次郎は親子となって、長く幸せに暮らした。





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