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『正直俥夫(報恩出世俥)』あらすじ

(しょうじきしゃふ・ほうおんしゅっせぐるま)



【解説】
 明治時代の東京を舞台に、ひとりの貧しい俥夫と心優しい巡査の触れ合いを描く。演じ手により、最後の部分は変わることがある。『報恩出世俥』という演題も使われる。
 一面銀世界で寒さ厳しい東京。貧しい俥夫は股引さえも履いていない。この姿を見かねた巡査は、俥夫と共に質屋に行き、代金を立て替えて股引を請け出す。受けた恩は忘れまいと涙を流して喜ぶ俥夫。その後、車に忘れた紙入れを持ち主に返したことがきっかけになって、この俥夫は運が上向き、今では車10台を持つ車屋の親方になった。一方、あの時の巡査は上司に咎められ、それが原因となって免職になってしまったという…。

【あらすじ】
 自動車などなかった明治時代の話。二月の半ば、朝から降り出した雪は夜にはますます強まり、東京の街は一面の銀世界であった。神田の和泉橋で一人の人力車の俥夫が客待ちをしている。そこへ通りがかった稲垣という巡査が話しかけてくる。俥夫は股引を履く決まりなのだが、この俥夫はそれを履いていない。聞くと、家には女房、母親、倅と三人がいるが食べさせる米がないので質屋に入れてしまったと言う。巡査は夜にも関わらす、質屋に行って金を立て替えて股引を請け出してくれ、それを俥夫に履かす。恩を受けた人を忘れてはならないと俥夫は巡査の顔をしっかり見つめる。雪のなか帰っていく若い巡査。目に涙を溜めて礼を言いながら、その後ろ姿を見送る俥夫の庄吉。
 「精出せば凍る間もなき水車」。翌日も朝から庄吉は懸命に働く。仕事が終わって庄吉が風呂屋に行っている間、女房は車の手入れをする。すると車の布団の間から紙入れを見つけた。最後の客が忘れていった物らしい。庄吉が返しに行こうとすると、先ほど乗せたお客が警察に行こうとしていた所と鉢合わせする。五十円ばかりの金と証文、実印が入った紙入れを渡すと、お客は喜び礼にと五円札を庄吉に差し出すが、こんな大金は頂けないと五十銭だけ貰い家へ帰る。
 庄吉は相変わらず、朝早くから夜遅くまで働くが、一向に生活は上向かない。
 ある日、出掛けようとしていた庄吉の家に、以前紙入れを忘れた客が訪ねて来た。客が言うには、十台の車を抵当に金を貸したが相手は金が返せず、抵当の車が落ちた。売るのは難しいし買い叩かれるのも惜しい。いっそのことある時払いの催促なしで恩ある庄吉に貸すので、車の帳場(人力車の寄せ場)を始める気はないかと持ち掛ける。庄吉は喜んでこれを承諾した。
 庄吉は、十台の車の親方となった。親方風を吹かすことも無く、今でも梶棒を握っている。生活にも余裕ができ、手当を尽くした末に母親が亡くなると立派な弔いを済ませた。
 その年末の夕暮れのこと。庄吉はやせ衰えボロボロの姿の男とすれ違ったが、この人はあの時の巡査さんでないか。庄吉は男に話しかけると確かにあの時の巡査の稲垣であった。聞くと、あの夜、署長になぜ帰りが遅くなったかと尋ねられ、その夜の出来事を話すと、仕事に私情を挟んではならぬと叱られた。それも一因になったからであろうか、ある理由を元にして警察を免職になったと言う。それから勉学で身を立てようとしていたが身体を痛め、今は医者に通いながら友達の家を渡り歩く毎日である。山と山とは出会わぬものだが、人と人とは出会うもの。庄吉は車に稲垣を乗せ、自分の家に連れて行く。ちょうど二階の部屋が空いていたので、ここを貸し与える。稲垣は身体の具合も良くなり、庄吉の家に寄宿しながら昼間は車の梶棒を握り、夜は法律の勉学に励む。こうして後には貧しい人々の心が分かる立派な弁護士となったという。





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