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『越の海勇蔵』あらすじ

(こしのうみゆうぞう)


【解説】
 越の海勇蔵は江戸時代に実在した力士で、越後の生まれ。実際には寛政より前である宝暦、明和、安永の頃に活躍している。
 越後・新潟で酒屋の小僧をしていた勇蔵。背丈はたったの5尺ほどだが大変に力がある。見込まれて、江戸で力士になろうとするが、そのあまりの小ささにまともに相手にしてくれる者がいない。失意のうちに越後へ帰ろうかと思っていると、四代目横綱、谷風と対戦する機会を得る…。

【あらすじ】
 相撲が盛んであった寛政年間は小野川喜三郎、谷風梶之助、雷電爲右エ門などそうそうたる力士が活躍した時代である。その頃に、越後・新潟の酒屋の小僧で名前を勇蔵という者がいた。身の丈5尺5分(150cm)ほどしかないのに、体重が36貫(133kg)もあるという体つきである。この勇蔵が酒樽を持つ姿に目を付けたのが柏戸という中堅の力士で、勇蔵を江戸まで連れて行き力士にする。
 しかし、こんな妙なのと稽古をして怪我でもしたら大変と、相手にしてくれる力士はいない。思い悩んだ勇蔵は力士を辞めて越後に帰ろうかと思うが、その前に本場・江戸の相撲を見たいと芝・神明でまで兄弟子の稽古を観戦しにいく。兄弟子といってもまだ入門して間もないので背中に肉も付いていなく、ヒョロッとした竹竿のような連中である。そこに勇蔵は無理矢理くっ付いていき、稽古をしている中に紛れ込んだ。
 土俵の上で四股を踏んであるのは四代目横綱、谷風梶之助である。若い力士連中は、谷風に相手にぶつかり稽古をするがまるで相手にならない。
 勇蔵は行司の木村庄之助から、あれが横綱の谷風であることを教えられる。勇蔵は自分も力士であると告げると谷風と対戦することになった。廻しを締め、谷風との勝負が始まると、あまりに小さい勇蔵は谷風の股をスルスルと抜けていってしまう。向きが変わり、今度は勇蔵の頭が谷風の腹のあたりに当たる。谷風は廻しを握ってもろ差しになろうとする。勇蔵は廻しを取られては大変とヘソの辺りに何度も頭をぶつけるが、その力の強いこと強いこと。谷風の方は、ズズズッと後ろへ下がり、土俵際まで後退する。谷風が廻しを取ろうとすると、勇蔵は無遠慮に頭や腰を振り回す。勇蔵の丁髷の先が谷風のヘソにあたり、くすぐったくて谷風は笑いをこらえ切れない。勇蔵は一気に押し倒し、谷風は土俵の外に出てしまう。
 今度は、相撲界最大の巨人と言われる雷電爲右エ門と対戦をすることになる。勇蔵の頭は、雷電のヘソ下三寸の所に当たる。コチョコチョとやられ雷電は堪らない。しかし力で圧倒する雷電は、閂(かんぬき)にして勇蔵を土俵の外に出す。
 谷風は感心した。このような力士が活躍すれば相撲も一層面白くなるだろう。勇蔵は谷風の預かり弟子となった。勇蔵はトントン拍子に出世し三役になる。小結の座を3年間も譲らなかったという。




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