『海賊小町』あらすじ
(かいぞくこまち)
【解説】
演題から「娘さんの海賊でも出て来るのか」とでも思ってしまうがもちろんそんなことは無い。日本橋茅場町にかつて『海賊橋』という橋があり(川は無くなったが今でも『海
海賊橋のたもとにある大家の商家の娘、おつやは大変な器量良しで、神田祭では手古舞娘として評判になっている。三千石の旗本の若狭三十郎はこのおつやを見染め、座敷に呼び出して自分の嫁になるよう迫る。おつやは「自分には許婚がいます」と、ふと耳にした火消しの力松の名前を出してしまう。これが縁でおつやと力松は本当に想い想われる仲になるが、面白くないのが若狭三十郎。力松に対する憎しみを募らせついには斬り殺してしまう…。
【あらすじ】
江戸三大祭のうちのひとつ、神田祭は、昔は9月15日に行われていた。人々の目を何より楽しませていたのは、山車に付き添う手古舞娘(てこまいむすめ)たちである。神田明神の男坂にあるひさご屋という小料理屋。ここの離れで2人の男が酒を酌み交わしている。1人は若狭三十郎という三千石の旗本で本所に住まいがある。目がギョロッとして顔は浅黒くあまり良い男ではない。もう1人は花本左楽といい、俳諧師を名乗っているが、その実は若狭三十郎に付き従っている幇間である。2人は手古舞娘である唐木屋の娘、おつやの美しさを語り合っている。唐木屋は海賊橋の近くにあるので、おつやは『海賊小町』と呼ばれている。この娘を『若狭小町』または『本所小町』にしたい。2人はおつやを我がものにする手段を画策する。
左楽は神田明神へ向かい、あなたのお父様の言い付けであるからと、おつやを若狭三十郎の元に連れて行く。その途中、座敷から自分の名を呼ばれたような気がしておつやは足を止める。「吉原では“お通夜”みたいな気分ですよ」「は組の力松の兄ィは立派な奴だと皆ほめてますよ」。そんな会話が座敷の中から聞こえる。おつやは障子を開けて若狭三十郎のいる離れの中に入る。そこで彼からお前を嫁に迎えたいと言われるが、おつやは自分にはすでに許婚(いいなずけ)がいるからと、これを断る。その許婚とは誰だ、なおも問う若狭三十郎に、つい、おつやは先ほど耳に入った「は組の力松」の名を言ってしまう。「大家の娘が火消しが如きに嫁入りするはずはないだろう」。若狭三十郎はおつやに迫るとそこでガラッと障子が開く。「あっしがその“は組”の力松でございます」。年の頃25,6の筋骨たくましい目元の涼やかな男が入ってきて、ドッカと座る。「私どもは親が決めた許婚でございます」。驚いた若狭三十郎。祭の続きがあるからと力松とおつやは離れから出ていってしまう。力松は離れに美しい娘がいるからと近寄ってみたら、中から自分の名前が聞こえたので入ってきたという。
その日からおつやは力松に想いを寄せるようになり、また力松もまたおつやのことを想っている。しかし2人は身分が違うのでおいそれと一緒になることは出来ない。
その年の暮れ、力松と子分の金太を連れて両国の小料理屋に入る。力松は金太におつやへの想いを打ち明ける。しかし向こうは大家のお嬢様でこちらは火消しの纏(まとい)持ち。諦めて生涯女房を持たないでいようと力松は言う。力松が手水場に行こうとすると、その姿を見つけた花川戸にある都鳥という店の男が話しかけてくる。店のお客が力松に来て欲しいと言っているという。力松はこの男に付いて花川戸の方へ向かう。「この先柳の木のあるところを曲がってすぐでございます」。男の言葉に従った力松だが、柳の木の陰に隠れていた覆面姿の侍に袈裟懸けに斬られる。この侍こそ若狭三十郎であった。虫の息の力松は、心配になって追ってきた金太に仇の名は若狭三十郎であることを伝え絶命する。
金太は番所に届け出るが、無礼討ちということで若狭三十郎は罪に問われなかった。は組では力松の葬儀が盛大に行われるが、腹の虫が収まらない。参列した唐木屋のおつやも泣き嘆く。
しばらく経って、金太の元におつやが訪れる。あの神田祭の日以来、おつやは力松が本当の許嫁だと思っていた。金太も力松がおつやに惚れていたことを話す。おつやはどうしても力松の仇討ちがしたいと語る。それから2人は何やら相談をする。
それから2ヶ月ほど経った寒い冬の晩、若狭三十郎の屋敷から出火する。真っ先に駆け付けたのは、は組の金太で蔵の上に登って纏を屋根に突き刺す。スルスルと下に下って火消し装束の者と合流する。「あの蔵は大丈夫であろうか」。蔵の中に入って来た若狭三十郎は匕首でズブリと刺される。刺したのは火消し装束のおつやであった。「これは花川戸の仇討ちでございます」。若狭三十郎は息絶える。おつやは役所に届けるが、これは許婚である力松の仇討ちであるとういことで罪には問われなかった。また屋敷に火を着けたのは金太でなかろうかとの噂も立ったが詳しく調べられることはなかった。おつやはその後出家し尼になり、力松の菩提を弔って生涯を暮らしたという。