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近江聖人 中江藤樹

(おうみせいじん なかえとうじゅ)


【解説】
 講談に多い『親孝行』を題材にした読物の一つ。中江藤樹(1608〜1648)は実在の人物。陽明学者であり、武士だけでなく農民、町人にまで敬愛され『近江聖人』と讃えられた。近江国に生まれた藤太郎、のちの中江藤樹は七歳の時、伊予国に移住し母親と離れ離れになる。母が恋しい藤太郎。ある冬のこと、厳しい寒さで“ひび”や“あかぎれ”に苦しんでいる母親を想って、よく効く膏薬を買い、一人こっそり伊予国から故郷の近江国へと向かう。

【あらすじ】
 日本の陽明学の開祖は中江藤樹と言われる。幼名を藤太郎といい、近江国高島郡小川村の生まれ。早くに父親を亡くしていた。藤太郎七つの時、米子藩主の国替えにより祖父と共に伊予の大洲へ移住することになる。母親とは離れ離れになってしまうが、藤太郎を立派な人物に成長させるためだと母親も同意し、藤太郎が一人前になるまでは再び家の敷居をまたがせないと意を決する。
 大洲に移った藤太郎は、学問・武芸に励みめきめきと上達する。
 三年経ち、藤太郎は祖父から、人として最も大切な事は親に孝行することだと学ぶ。藤太郎は小川村の母より手紙を受け取る。今年の冬は寒さが厳しく手足にひび・あかぎれが出来ているという。藤太郎は母親に苦労をかけ自分は親不孝な子だと嘆く。
 その夜、下男下女の会話からひびには「中西長閑斎」という医者の膏薬が良く効くと聞く。早速その膏薬を購入。一刻も早く母親の元に届けたいと、祖父の目を盗んで家を出、伊予国大洲から小川村までへと旅立つ。しかし金の用意が無く宿に泊まることも出来ない藤太郎はすっかり疲れ切り、三日目、寒さに雪の中倒れて寝込んでしまう。倒れている藤太郎を見つけた山中村の名主、遠藤源左衛門は助け起こす。自宅で手厚く介抱し、藤太郎は元気になる。藤太郎は今までの一部始終を源左衛門に正直に打ち明ける。感心した源左衛門は充分な金を与え、途中までお供の者を付け、藤太郎を見送る。
 こうして藤太郎は無事小川村までたどり着き、井戸で水を汲んでいた母親に三年ぶりに再会する。喜ぶ母親だが、一角の人物になるまでは家には戻さないつもりでいたし、また祖父に黙って家を飛び出したことを聞き、複雑な思いを抱く。
 家でしばらくくつろぎたいと思う藤太郎だが、母親は修行に出た者が一人前になる前に家へ戻ってはならぬと、すぐに大洲へ帰るよう促す。母親は藤太郎にいくばくかの金を持たせ、大洲へと戻る藤太郎を見送ることもなく、家の戸を閉める。藤太郎は引き返し、今一度母の顔を見たいと懇願するが母親は戸を開けない。母の心情を察した藤太郎は涙ながらに去っていった。
 大洲に戻った藤太郎。わずか十歳の子供が母親に薬を届けるために、伊予から近江まで旅したことに祖父は感心する。その後、学問に励んだ藤太郎は近江聖人といわれ陽明学の開祖として歴史に名を残すことになる。




参考口演:田辺一邑

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