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『お竹如来(おたけにょらい)』あらすじ




 慶長18年、江戸へ入った徳川家康。突貫工事で江戸の街づくりをはじめる。佐久間勘解由(かげゆ)は天満役を勤め、その後、天満町にて宿屋を開いた。近頃この宿屋に奉公にやってきたお竹は歳は18。色白でふっくらしたなかなかの器量よし。このお竹、綺麗な着物で着飾ろうととか美味しい物を食べようなどという気がなく、実に良く働く。ある日、宿屋の台所に乞食の親子に客の残り物の食べ物を差し出し、その後乞食たちがお竹を頼って宿屋を訪ねるようになる。このことを他の女中たちはよく思わないが、お竹は意に介さない。
 ある日、風呂番をしていた久助が突然姿を消し、宿の主の平八は頭を抱える。お竹は風呂番は自分が引き受けると言い、給金を1日30文受け取りたいという。また湯を沸かすのに薪は要らないともいう。お竹は台所の物乞いの連中に、風呂の水汲みを手伝って貰いたいと話し、ひとり2文ずつの金を払うという。また、町の中で不要な燃えそうな物を拾って持ってきたら3文の金を払うという。合計で5文の稼ぎになる。普段から世話になっているお竹のたっての願いでしかも5文の金になるということで、連中は風呂を磨いたり水を汲んだり燃料を持ってきたりと良く働く。この様子をみた平八は感心し、また周囲の評判となる。
 ある日、佐久間の宿屋に行者の玄達があらわれる。出羽の羽黒山でお籠りをしていた玄達は「江戸大伝馬町佐久間平八方にいるお竹こそ大日如来の化身なり」とのお告げを受けていた。お竹のこれまでの感心な行状を見ていた平八もすっかりこれを信じ込みお竹をあがめ奉る騒ぎに。いたたまれなくなったお竹はその夜宿屋をこっそり逃げ出す。
 お竹がいなくなった事で困ったのはお竹に世話になっていた連中。玄達を殴りつけ、持ち前のネットワークでお竹を見つけ出す。玄達の見たのはただの夢であろう。お竹はただの女中だということで、また宿屋の仕事の戻る。
 泊まった客にも細かく気を遣う、余計な金を使わせないということで、お竹は客からの評判も良い。宿屋は大層繁昌した。
 間もなく、お竹は病気になりこの世を去る。不思議なことに息を引き取る時、お竹がいつも使っていた流しがキラキラ光る。このことからやはりお竹は大日如来のご化身だったに違いないと、この流し板は宝物になり、さらに宿屋には大勢の人が駆けつけるようになる。
 この話を聞いた五代将軍綱吉公の生母、桂昌院は「お竹こそ女の鑑である」とお竹の使っていた流し板を芝・増上寺に祀った。今でも「ありがたや 光とともに行く末は 花の台(うてな)に お竹来日(らいにち)」という歌が残り、お竹の逸話は、歌舞伎に、浮世絵に、数え歌に、そして講談になり、語り継がれている。


参考口演:神田香織

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